頼るべきはお家の知恵(SIDE エマ→ステラ)

 エマの目前で、ロカのハルバードと、パーヴァのレイピアが激しく打ち合わされる。

 ハルバード――斧と槍が組み合わされた武器は、持ち主の見た目に反し、荒々しく振るわれる。下から切りかかったかと思うと、柄をクルリと回し、逆側の先端でパーヴァの鳩尾みぞおちの辺りを狙い。

 接近されると短刀でレイピアを弾く。


(強い……)


 ロカは過去にヴァルドナ帝国の調査団に組みされ、与えられた調査任務に失敗している。このことから、戦闘の腕に関してはあまり期待出来ないだろうと思っていたのだが、そんなこともなかったようだ。


「……っ。なんて馬鹿力なのッ。通行人にしては、随分と腕が立つようね!」

「通行人ではありませんっ! エマさんの味方のつもりです!」

「はぁ?」


 素早さにおいては義姉に軍配が上がるようだが、それでもハルバードの多彩な攻撃に対し、徐々に対応出来なくなっていっている。

 

「赤毛のあなた……。どうして私の剣を受けれるのよ?」

「普通ですよ! 温度操作を出来ないようでは、極寒の帝国の地では戦闘になりませんからっ!」

「造作もないように言うなんて、信じられないわ……」


 パーヴァは戦闘力の大部分を灼熱のレイピアに頼っている。

 魔法剣の強みは普通の剣技にはない魔法の特殊効果にあるわけだが、それを無効化されてしまえば、引き出しの少ない者が負けやすい。


(私はパーヴァにトドメを……。さようなら)


 エマが右手を義姉に向けようとした時、第三者がパーヴァとロカの間に入った。


「なんなんですかっ!?」

「――マクスウェル!」


 レイピアと、ハルバードを受け止めているのは、二本の短刀――ステラの義兄ジェレミー・マクスウェルが彼女達の攻撃を止めたのだ。

 エマが陰鬱な表情でジェレミーの顔を見上げると、彼はつまらなそうな顔でコチラを見降ろした。


「外来種のモンスターを捜索にきただけだったんだけど、君達が騒いでいるからビックリしたよ」

「……ジェレミー・マクスウェル。なんで止める?」

「分からない? 君は今、ステラの下で働いているんだよ。手を汚したならステラの監督責任になる」

「でも……。ステラ様は、また狙われるかもしれない……」


 13年前にステラが一度殺された時は彼女の身体の時間だけが巻き戻り、蘇ったのだと聞く。エマが想像するに、おそらくそれは前世でステラが事前にかけておいた魔法なのだ。


(でも、二度目が発動するかどうかは、誰も分からない……)


 焦りの感情が自分の表情に出てしまったんだろう。

 ジェレミーが少し意外そうな顔をしている。

 

「……なんとなく、君が言おうとしている事は伝わった。けど、打てる手は様々にあるよね?」

「?」


 彼の言う意味を考えている間にパーヴァが魔法を行使し、周囲一帯を光の海に沈めた。――いわゆる、目くらませというやつだ。


「――この国一番の魔法剣士も来てしまったんじゃ、長居するだけ馬鹿をみるわ!」


 捨て台詞と共に、彼女の気配がプツリと消えた。


(ジェレミー・マクスウェル。何か考えがある? 甘い手を使ったなら、ステラ様が窮地に立たされるだけ……)


 エマは暗澹あんたんとした気持ちを持て余すはめになった。


◇◇◇


 夕食後の訓練場にて、ステラは何度も何度も魔法を試し打ちをする。


「うーん……。真空空間といっても、色んなタイプがあるんだなぁ。全く何もない空間だと、エネルギーが生まれないや。だったら――」


 失敗しては術式を書き換え続け、自分自身のエーテルがそろそろ尽きるというところで、アジ・ダハーカが感嘆の声を漏らした。


「凄いぞ、ステラ! お主の魔法は成功したようだ!」

「本当に??」

「嘘を言うはずがないだろう!」


 相棒はエネルギー計測機(クリスからレンタルしたもの)を覗き込みながら、しっかりと頷いている。ステラも彼の後ろからメータを見てみれば、機器の針は振り切れていて、充分すぎるほどのエネルギーが魔法によって発生したのだと示されていた。


「これはまぎれもなく、時空魔法と呼べる技術だろう! お主はまた一歩、成長したのだな!」

「うへへ~。なんか達成感があるですね。もっと色々作ってみたくなるです」

「期待しておるぞ!! して、この魔法の名は何とする??」

「何にしよう……。むむむ……【キラキラパワーの源】とか?」

「相も変わらず、力の抜ける名前だな。まぁ、良いのではないか??」

「うん!」


 魔法の創造は大変だったけれど、無事に出来るとかなり達成感がある。

 あとは、明日以降にでも、応用可能なバリエーションなどをテストするだけだ。

 

 ステラが機嫌よく後片付けをし始めると、相棒が後ろから声をかけてきた。


「ステラよ」

「うん? 何か声が硬めですね」

「硬くもなる……。お主、さっきエマの話を聞いてどう思った?」

「あ……」


 相棒からそう言われて思い出す。

 今日はマクスウェル家の空気がだいぶおかしかった。

 まずジェレミーの笑顔が胡散臭く(これは毎日のことだが)、エマがいつも以上に無表情だった。新たな同居人ロカの方は、何故か『役に立てなかった』とメソメソしていた。

 その理由は、さきほど訓練場にやってきたエマの口から知らされることとなった。


『パーヴァ・コロニアが、ステラ様の秘密、握ってしまった』


 ――だから、エマは義姉の命を奪おうとしたのだとか。


 ステラはアジ・ダハーカとその辺りの話をしながら、三角座りをする。

 

「エマさんの話をあんまり理解してないですが、私って、コロニア家に関係する人に殺されたですか?」

「うむ。そのようだな」

「うぐぐ……。面倒ごとを避けたいです! 他人の頭の中から、”自分に関する記憶”を消す方法って、何か無いですか??」

「そうきたか。たしかこの家の書庫で、そのような内容の書物を読んだような気もするが……、なんというタイトルだったか……」


 ステラとアジ・ダハーカは、いきなり降りかかったしまった災厄さいやくを払うため、書庫に移動した。



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