忘却薬のありがたさ

 ステラはアジ・ダハーカを抱えて、マクスウェル家の書庫の駆け込んだ。

 そろそろ寝なければならない時間だけど、今は自分にとっての一大事なので、睡眠は後回しでいいだろう。


「アジさん。場所は覚えてますか??」

「確か手前の棚だったはずだ。――あぁ、そうだな。その棚の一番下に置かれた箱の中だった」


 近くに寄って来てくれた人工精霊の明かりを頼りに、箱の中身を取り出す。

 どうやら中に入った紙類は全てマジックアイテムのレシピのようで、効果の違いによって、紐でまとめてあった。


「古い感じの紙なんです。昔から使われてたのかな?」

「この家が過去からやってきた事を思えば、そう意外なことではあるまい」

「それもそうですね。おっ! このレシピかな?」


 ”脳に対する効果”をまとめていると思われるたばの中から、【忘却薬】と記された資料を見つける。

 素材は”モータルウォーター”や”マジックマッシュルーム”、”ヴァンパイアブラッド”など、現在ステラが持っている物だけで作れるようなので、気分が軽くなる。


「えーと、『対象者はこの薬を飲むか、頭から被るかすると、その直後に見た物を丸ごと忘れ去る』と書かれてるですね」

「使い勝手の良い薬だな。――だが、薬を飲ませるか、ぶっかけるかした直後、その者が見る対象を、お主のみに定めるのはなかなかに難しいかもしれんの」

「侍女選出試験の時に実行したいですけども……。混戦状態になるなら、ヤバイです」

「どうしたものか」

「取りあえず明日の朝にこの薬を作るです。使い方は出来上がってから考えたらいいですよ」

「そうだな。儂も考えておくとしよう」


 時刻が既に22時半になっていたこともあり、ステラ達は大人しく自室に戻る事にした。


◇◇◇


 侍女選出試験の二日前。

 試験に参加するメンバー ――ステラ、アジ・ダハーカ、レイチェル、エマ、ロカはマクスウェル家に集合した。

 本日集まったのは他でもない。二日後に迫った試験の対策をするためだ。


 この打ち合わせの事をエルシィの付き人に伝えてみたところ、なんと、侍女選出試験の試験問題を作る方々による特別授業を開いてもらえることになり、彼等にもマクスウェル家に来てもらった。


 各々が受ける試験科目が異なっているので、午前中は別の部屋に分かれて授業を受け、夕方ごろから全員がミーティングルームに集まった。


 ステラは昨日駄菓子屋で買っておいたお菓子を全員に配った後、ホワイトボードの前で立ち止まる。


「皆さん本日は有難うなのでした! 長時間授業を受けていたのに、あんまり疲れてないっぽいですね!」


 そうなのだ。エマは相変わらず無表情だし、ロカも生真面目な顔でシャキッと座っている。レイチェルはいつも以上に楽し気ですらある。

 なんとなくレイチェルに視線を固定すると、彼女は上機嫌な理由を話してくれた。


「講師をやってくれたセンセーがさぁ、あたしがいつも買ってる雑誌の編集長さんだったの! もうビックリしちゃったよ!!」

「そんな凄そうな人が来てくれてたですか」

「うん! あたし、その人に一生分褒められたかもしんない! 期待しといて~」

「あい!」


「私を担当してくださった方々も、相当な知識量でした。試験の傾向についてお聞きしましたので、当日にはそれなりの点数を取れると思っています」


 ロカの方も充実した時間を過ごせたようだ。

 彼女の場合は外国籍ということもあり、試験に参加出来るかどうか微妙だった。

 だけども、出願した二日後にはOKが出た。

 身辺調査をするには時間が短すぎるので、おそらくエルシィの付き人の口添えがあったんだろう。


(付き人さんて、”出来る人”って感じだなぁ。ゴンチャロフさんからの褒美もすぐに届けてくれたし。行動力が私の二倍くらいあるかも)


 なんとなく彼から手渡された”初霜のリンゴ”のことを思い浮かべていると、相棒がエマのことを話し出した。


「巫女の方は前世以前の記憶が残っているから、過去10年程の知識を付け足すだけですんだようだ。教師共は巫女のあまりの知識量に圧倒されておったぞ」

「毎回記憶力の良い年齢で死んでるから、効率よく暗記出来た」

「うぅっ……」


 エマのこれまでの人生を知っているわけじゃないが、ちょっと聞くだけでかなりヘビィーなのがうかがえる。涙をこらえて彼女の方を向いてみれば、フワリと微笑まれる。――ここ数日、エマはふさぎ込んでいるようだったので、ステラはそれだけでホッとした。


「皆さん、これから”戦闘”について話し合おうです。一度話したですが、この侍女選出試験に参加するのは、ウチの学校の生徒会長さんに頼まれてのこと。あの人のお姉さんを手助けするですよ」


 部屋に居る者達がシッカリと頷くのを確認してから、ステラは話を続ける。


「それでですね。一つお願いがあったりしますです。個人的なことなんですが」

「あたしは全然いいけど……。ちなみにそれって、ステラ個人って意味??」

「そうなんです! 侍女選出試験に参加する女性パーヴァ・コロニアさんと私に、1対1タイマンで戦わせてほしいんです! ちょっと、やりたいことがありますので!」

「えぇ!?」


 レイチェルは驚愕の表情を浮かべた。

 たぶん、後衛的な戦闘を得意とするステラには、一対一での戦闘は向かないと思っていそうだ。


 だけども、ステラには明確な目的がある。

 実技試験の際、パーヴァ・コロニアと二人の状態になり、【忘却薬】を浴びせかけたい。当然二人で対峙たいじした場合、戦闘になるだろうから、ここに居る全員とその辺のすり合わせを行いたいのだ。

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