試行錯誤

 次の日、

 売店の当番の仕事を終えたステラは、スケッチブックを持って自習室に入った。一時限目に何の講義も取っていないので、ここで自由に過ごすつもりだ。


 昨夜、ジェレミーと星などの話している間に、魔法を創り出せそうな気になった。

 あの時は眠気に勝てず、直ぐに実行に移せなかったが、一夜明けた今日もなんとなく記憶は残っている。


(忘れないうちに、形に残しておかないと……)


 ステラは自習室の隅っこの席に座り、ベルトに差し込んでいた羽ペンを抜き取る。スケッチブックいっぱいに描きだすのは、円形の術式だ。

 魔法で真空の空間を創り出すなんて、帝国に行く前なら考えもしなかったのに、今はスルスルと羽ペンを動かせる。

 【アナザー・ユニバース】の亜空間に入ったお陰で、古代文字などが得意になったみたいなのだ。



 ステラは今、先日作った新アイテム――”賢い氷水”に使う魔法を考えていたりする。

 あのアイテムは術式をあらかじめインプットしておくと、溶液を垂らすという簡単な行為で術式を呼び出せる。そしてアイテムの力だけで魔法の実行も出来る素晴らしい発明品だ。

 それだけでも充分といえば充分なのだが、アイテムを利用した際に魔法があまり大規模にはならない点が気になった。

 理由はハッキリしていて、溶液に入れられるエーテル量が限られているから(相棒の鱗からとったエーテルなので)、規模が限られるのだ。


 あのアイテムを使って、規模の大きな魔法を実行する為に、エーテルだけに依存しない魔法を考えてみたい。


 スケッチブックに色んな案を書き出し、それぞれの術式を描きだす。

 勉強が苦手なステラではあるが、集中力はそれなりにあるので、時間の経過とともに、創作魔法陣がだんだん形になってゆく。


 しかし、あともう少しというところで、スケッチブックに誰かの影が落ちた。


「お?」


 ノロノロと顔を上げると、目の前には純白の制服をビシリと着こなした少年――グウェル・レスリムが立っていた。彼の眉間に皺が寄っているのは、ステラが何かマズイことをしたからなんだろうか?


「生徒会長さん。どもです」

「……なんだ、その文字は?」

「古代文字ですよ!」

「古代文字だと?? 見損なったぞ、マクスウェル。まさか古代文字すらまともに書けな――……む?」


 ステラは急に黙り込んだグウェルにビクビクする。

 呆れ顔から驚愕きょうがくの表情に変化していくのも恐ろしい……。


「これは、古代文字じゃない。神聖文字じゃないか!!」

「あれ? いつの間に」


 スラスラと羽ペンを動かせていたし、描いた文字を自分なりに読み解けるので深く考えなかったのだが、言われてみると神聖文字かもしれない。

 いつ言語がすり替わっていたのか、全く覚えていない。


「何でだろ? 変だなぁ」

「おい。神聖文字で書かれたこの術式は意味をなしているのか?? それとも、適当なラクガキか?」

「えぇ!? ここに描いてある内容を読めないですか?」

「それはあおりか?」

「生徒会長なら読めるかもって思っただけです」

「ふん! そんな文字を読める人間がいてたまるか」

「そうなんだ……」


 あまり意識しなかったのだが、神聖文字を使える人間はかなり異質な存在に思われてしまうようだ。

 自習室なんかで書きまくったのはまずかったかもしれない。

 ステラは自分の迂闊うかつさにガッカリしながら、スケッチブックを閉じる。

 グウェルがその辺に興味を示さないのを祈るばかりだ。


「貴様の強さは、ステータスに表示されきっていないようだな」

「生徒会長さんの目に見えるものが全てですよ!!」

「ふん。白々しい」

「はへぇ……。あ、そうだ!!」

「何だよ??」


 侍女選出試験に関して、グウェルに幾つか質問することがあったのを思い出した。

 ”外国籍であるロカが試験の助っ人になれるのか?”

 ”アジ・ダハーカが人間一人分としてカウントされるのか、否か”

 昨日二人からされた質問を、グウェルにも投げてみる。


「――生徒会長さんは、知ってるですか??」

「ペットは主人と合わせてカウントされる。外国籍の奴は助っ人に出来たはずだけど、身元調査は念入りにされるかもしれないな」

「身元調査!! そ、それって私もですか??」

「当たり前だろ。この国の王女の侍女を選ぶための試験なんだからな」

「うわぁ……」

「まぁ、マクスウェル家の人間でも、昔は宮仕え出来た奴もいたみたいだし、貴様も試験を受けるくらいは出来るんじゃないか」


 問題はそれだけではないと言いたかったのだが、なけなしの理性でおさえきったのだった。


 





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