敵国の工作員(SIDE エルシィ)

 真夜中の山中にて、”テミセ・ヤ”の秘密兵器は異様な動きを見せた。

 中から出て来たのはステラの相棒アジ・ダハーカ。

 彼は感極まったように、エルシィの頭上を旋回する。


「この世界が素晴らしいものだと思ったのは久しぶりだ! 永遠にわけの分からない空間に閉じ込められるのを覚悟をしたのだが、何とかなるものだなっ!」

「あの……。内部はどのようになっていらっしゃったのか、教えてくださらない?」

「儂は動けなかったゆえ、中の様子を詳細に把握できていたわけじゃないが、こことよく似ていた! その中で、ステラとインドラ以外の生き物の時が止まっていたのだ」

「ステラさんとインドラさんだけは動けていたということですの? それでは、貴方が脱出出来たのはお二人の尽力だったのかしら?」

「儂はそう思っている」

「やはり! 流石ステラさんですわね!」


 何故ステラとインドラだけが動けていたのか分からないが、友人の優秀さが誇らしくてたまらない。

 ステラが出て来たなら、彼女自身の冒険を聞いてみたいところだ。

 期待を込めた眼差しで球体を凝視する。


 すると、再び何かがニョキっと出て来た。

 背格好がステラと似ているように見え、エルシィの胸の中に喜びが広がる。


「ステラさんっ!」


 その人物はそこそこ高い場所から落下する。

 このままでは硬い岩に当たってしまうだろうからと、エルシィは手を伸ばし、キャッチする。

 改めて腕の中に居る人物の顔を見て――がっくりと肩を落とす。


「そんな……」

「……あ。外?」

「エマ・コロニアさんでしたのね」

「?」


 ステラかと思ったのに、出て来たのはエマだった。

 期待しただけに落胆が大きすぎる……。


「ステラ様は……、いない?」


 エマの方も不安なようで、エルシィから離れてキョロキョロと周囲を確認している。

 そうこうしているうちに、再び球体から人間達が現れる。

 今度は女1人に男2人。

 男達は全身に火傷を負い、苦し気に呼吸している。

 見知らぬ女はそんな二人を、さほど興味が無さそうに一瞥し、ノロノロと起き上がった。


「あれ~~? 体が動かせるなぁ。何が何だかさっぱり分かんないけど、ラッキ~だよぉ」

「ぬぅ!! そやつらは”テミセ・ヤ”の工作員だぞ!!」

「な、なんですって!!」

「おっと~、人が結構いるよぉ」


 彼女はポケットの中から細長い者を取り出したかと思うと、先っぽを咥え、強く吹いた。

 動揺するには充分すぎるほどの大きさの音がなり、岩場に強風が巻き起こる。

 一瞬だけ目をガードした間に、一羽の大鷲が出現していた。

 エルシィは咄嗟にレイピアを引き抜くが、遅く、鷲は女を背に乗せ上空に舞い上がった。


「ば~いば~い!! 金髪の小さい女の子に、『テミセ・ヤに来たらもてなす』って伝えといて~!」

「くぅ! あの程度の高度でしたら、アビリティで移動出来ますわ!」

「今は止めておけ。あの女はかなりの手練れなのだ。それに、お主も見ただろう? どんな手段でモンスターを呼びよせるか分かったもんじゃないぞ!」


 小さなドラゴンにたしなめられ、思いとどまる。

 確かに、今は得体のしれない女を相手にするよりも、ここでステラの帰りを待っていたい。


「まぁ、1匹に逃げられたとしても、もう2匹は残っている。こいつらを皇帝陛下への手土産にしたら上等すぎるくらいだろう」


 未だに戸惑っているエルシィとは違い、エディの方はテキパキと残りの二人を捕獲した。特殊な形状の手錠は、魔法やアビリティの使用を封じる効果があったはずだ。


 工作員達を対応しているうちに、装置から他の球体も放出され、次々に人間が出て来た。彼等の中にはヴァルドナ帝国の国旗を付けたマントを羽織る者達も居り、揃って挙動不審になっている。


(あの方達……、この国の調査団の方々なのかしら? ゴンチャロフ皇帝が派遣した後、行方知れずだったはずよね。だとしたら、ステラさんは多くの方々を救って下さっているのかもしれないわ)


 調査団らしき人々の他にも、異国風の装束を身に纏う者や、白衣を着た者達など、あらゆる人間が出て来て、この辺一帯が異文化交流会の会場のような有様になっている。


 これだけ多くの人間が出てこれているのに、ステラやインドラが出て来ないのは何故なのだろうか? エルシィは次第に不安になってきて、両手を握り合わせる。


「ステラさん……。お願い、無事で居て」


「あの空間から脱出させているのがステラだとするなら、相当なMPを使っているはずだな。今回は儂は中に入って迎えに行く事は出来そうにないが……、はたして無事に戻ってくるだろうか」


 アジ・ダハーカまでもが不安を煽るような事を言い始めるので、エルシィは眩暈がしてきたのだった。


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