長い会話。隠し切れない矛盾。

 レイフィールド構内にはカラカラに乾いた風が吹き込む。

 肌からだんだんと水分が失われてゆくような感覚が不快でならず、ステラは首に巻いたマフラーを引き上げ、口と鼻を隠す。


 レイフィールド市長の話では、これからステラ達は地元の名士の家に連れて行かれるらしい。この街にまともな宿泊施設が存在しないことから、一軒丸々借り上げる方が良いと判断したとのことだ。


 相棒が不在だからか、何となく落ち着かない気分になり、斜め前を歩く男の後頭部をチラリと見る。

 ゴンチャロフ皇帝から遣わされた魔法使いユミルはレイフィールド市役所の女性職員と言葉を交わしている。彼女は市長と共に出迎えに来て、ユミルに興味を抱いたようだ。さっきからベッタリと傍に張り付いている。


「――ユミル・ウスタールさん。貴方のような中央のエリートが、こんな街にお越しくださったこと、今でも信じられません」

「こんな街だなんて、とんでもない。レイフィールドには昔来たことがありまして、とても好きなんですよ。ですから、この街に降りかかる厄災には胸を痛めておりました……。今回僕が派遣されてきたのは運命なのかもしれませんね。もちろん、貴女にお会いしたことも含めて」

「まぁ! 情熱的なお方! ねぇ、以前この街にいらっしゃった時は、何をして、どんな食べ物を召し上がりました?」

「そうですね。駅近くの”かたつむり亭”を利用したのを良く覚えています。”牛肉のビール煮込み”がとても美味だったから印象深くて……。その時の店主の話では『牛肉はガーラヘル王国からの輸入品』とのことだったので、今の状況を思えばなんとなく不思議な偶然に思えますね」

「ふふ……。かたつむり亭をご存知とは、とても親近感を抱きました。でも……あら? おかしいですね」

「なんですか?」

「かたつむり亭って、地産地消をポリシーにしていたような……。牛肉もレイフィールドで育てられた個体を選んでいますよ」

「……そうなんですか」

「あ! 違いましたわ。私ったら、情報が古いままでした。ここ半年はかたつむり亭も他国からの輸入に甘んじることにしたと小耳に挟んだことがあります。降雨量が激減したので、成長に長期間かかる牛はリスクがあると、酪農家たちが育てようとしないんです。だから凄く高値になってしまっているんですよね」

「……」


 彼等の話を聞いていたステラは、ポカーンと間の抜けた顔になってしまった。

 今のユミルの話を、レイフィールドの職員は流したけれど、ステラとしては突っ込まずにいられない。

 二人の間に割って入り、長身の男の顔をジロリと見上げる。


「それってつまり、ユミルさんはここ半年の間にレイフィールドに来たってことですね」

「……いいえ。来ていませんよ。あー、僕の昔話に引っかかったんですか? 記憶違いをしていただけですよ。牛肉の煮込み料理は別の店で食べたんです」


 ユミルの言葉に納得しかけたステラだったが、女性職員がユミルの話を否定するような事を言い出した。


「それはありえないです。レイフィールドで手の込んだ牛肉料理を出すのはカタツムリ亭だけなので。片田舎な街だから、ハイカラな料理はそうそう食べれないんです」

「あはは……。なるほどなるほど。話し続けるのに疲れてきました。いいかげん静かにしてもらえないですか?」

「っ! ごめんなさい。私ったらつい……」


 女性職員は恐縮した様に謝る姿を見ながら、ステラは頬を膨らませて立ち止まった。


 今のカタツムリ亭の話を考えるに、ユミル・ウスタールがここ半年ほどの間にレイフィールドに来訪した可能性はかなり高い。

 それでも、私用で来たのならば、”そういう事もあるだろう”と思っただろうが、ユミルはステラの思考をそちらに誘導しなかった。――動揺のあまり、2度目のボロを出してしまったのだ。

 しかも、今朝の盗み聞き疑惑にもモヤモヤしている。

 やっぱり、そういう事なんじゃないかと思えてならない。


「……貴方を疑ってるって、言ってみますね」


 ステラの小さな声は、きっちりとユミルの耳に届いた。

 ゆっくりと振り返り、ヒタリとステラの目を捕らえる。


 −–−−その瞳が殺意一色に染まっているように見えるのは、気のせいではないはずだ。


「ステラ・マクスウェルさん。王女殿下と市長をお待たせしてしまってはいけませんよ。この件は、また後ほど

「望むところですよ」

「話が分かる方で良かった」


 こんな所でバトルを起こすわけにはいかない。

 相手はもしかするといきなり【アナザーユニバース】を使って来るかもしれないのだ。

 実の姉をこんな場所で危険な目に合わせたくはない。



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