アニマルドレス

 ふと見た時計が午後5時を示していて、ステラは慌てる。

 人工精霊が表示した地図を一般的な地図と照らし合わせている間に、かなりの時間が経ってしまっていた。


 忘れかけていたのだが、本日は皇帝主催の夜会に出席することになっていて、宮殿からの迎えが午後6時に来る予定だ。

 そして、それよりも前にエルシィと会わなければならない。


 彼女との合流を早めにしたのは、外見を整えてもらうためだ。

 今着ている物も悪くはないが、流石に普段着で出席するのはまずい。

 

 そういう事情があるため、ステラは大慌てで資料を片付け、アジ・ダハーカやエマと共にホテルへと急いだ。

 ホテルのエントランスで待ち構えていた近衛に案内され、最上階の一室に入れば、鮮やかな紅が目に飛びこむ。


「ステラさん! お待ちしておりましたわ!!」

「わわっ! エルシィさん! キレイ……」


 素早く振り返ったエルシィはとんでもなく美しい。

 紅色のドレスに身を包んでいて、大人っぽい雰囲気なのだ。

 実の姉ではあるけれど、ステラはついつい見惚れてしまう。


「はぇぇ……。赤い薔薇が一輪咲いているみたいなんです」

「まぁ、ステラさん、褒めるのが上手ですわね! でも、私の事はどうでもいいのです! 私、貴女の為にとっても可愛らしいドレスを用意しましたのよ」

「ん?」


 エルシィが頬を赤らめながら取り出したのは、彼女のドレスとは対極をなすようなデザインの代物だった。

 純白の生地とゴテゴテのフリルや毛皮――まではよかったが、ふさふさの尻尾がくっついているのは余分なのではないだろうか?

 ステラはドレスの知識をあまり持ち合わせていないけれど、フォーマルな席で着るようなデザインではないように思われる。

 

「お尻の所から何かが生えているような気がするです……」

「良い所に目を付けましたわね! 帝都の専門店で見つけましたの! 聞く話によりますと、白い狼をモチーフにしているみたいなのですわ。ステラさんが着た姿を想像したら、私、買わずにいられませんでしたの!!」

「うーん……、でも私ももうちょっと大人な感じのを……」


 彼女が喋る勢いはまるでマシンガン。

 ステラがうろたえている間に、どんどん断りづらい流れにされてしまう。


「今夜の夜会は皇帝陛下の主催ではありますが、とある情報筋によりますと、幾分砕けた雰囲気のようです。恐らく……、いいえ、間違いなくこのようなデザインでも問題ありませんわ!」

「とんでもない圧を感じるです」


「オオカミがモチーフ……。気高いステラ様にきっと似合う」

「エマさんまで!」


 いつもはステラの味方をしてくれるエマまでが、何故かエルシィの援護を始めた。

 ドレスとステラを見比べる眼差しはどこか恍惚としており、期待を裏切れないような気分にさせられる。

 僅かばかりの希望を持って相棒の方を向くと、いつの間にか桃色のドレスを頭に乗せていた。


「アジさん、それは何ですか?」

「これはジェレミーに持たされたドレスだな。奴みずからが縫ったのだが、良く出来ている」

「ふむふむ」

「ウサギの耳がついたフードも付いているようではあるけれど……、まぁ問題あるまい」


 義兄のセンスは相変わらずである。


「……、おとなしくエルシィさんが買ってくれたドレスを着るとします」

「流石ステラさんですわ! ジェレミーさんが縫ったドレスよりも、私のドレスを選んでくださるだなんて! とても、嬉しく思います!」


 大喜びなエルシィには申し訳ないが、大人っぽい彼女を見た後に、過剰に子供っぽさを強調する服を着るのはちょっと微妙だ。

 実のところ、普段からステラは彼女との外見年齢の差を気にしている。

 実年齢は3歳しか違わないはずなのに、知り合ってからの僅かな間ですらもどんどんと、見た目の上で置いて行かれている。同じ血を引いている彼女とのギャップを思えば、将来に対して絶望しかない。


(私って一生チビなのかな。憂鬱……)


 沈む夕陽を見ながら黄昏るステラに、エルシィの魔の手が迫る。


「うにゃぁ!?」

「幸いにも、今日は身の回りの世話をする者が居ませんの! ステラさんの着付けは私が手伝いますわ!」

「じ、自分で着れるです! たぶん……」

「いいえ! これはとっても複雑な構造でした。絶対に手伝いが必要なはずです!」


「私も、手伝う」


 エルシィだけではなく、エマもノリ気だ。

 宮殿からの迎えが来るまでの数十分の間、ステラは彼女達にベタベタと触られまくるはめになったのだった。

 




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