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 夕方のパーティに招待してくれたゴンチャロフ皇帝は、彼の側近等に拘束される形で宮殿に戻って行った。

 ステラは”初霜のリンゴ”を手に入れられる事を知って浮かれているのだが、エルシィの方は何故か悲壮感を漂わせている。


「はぁ……、憂鬱ですわね」

「エルシィさんはパーティが嫌いなんです?」

「……苦手意識はなかったんですが、今回は参加するのが妙につまらなそうに感じられてしまって……。折角旅行中なのに、ゴンチャロフ皇帝と数時間も過ごさなければならないなんて、ガッカリしてしまいますわ」

「ふむぅ。王女様をやるのって大変そうなんです」


 エルシィの感情に共感出来、ステラは深く頷く。

 確かに、遊びたい時に望まぬ人物とドンチャン騒ぎをするのは微妙かもしれない。


「うぅ……っ! 本当でしたら、パーティーへは私がステラさんをエスコートして参加したいのですわ! 可愛らしいドレスを着たステラさんを独占したい! なんならダンスもご一緒したい! それなのに、それなのに!!」


 おかしな事を言い出し始めたエルシィに、ステラはギョッとする。

 ストレスがかかり過ぎて、思考が変になっているんだろうか?


 正気に戻す為には話題を変えるのが良さそうだ。


「――それはそうと、ええと……。雷の人工精霊は何時来てくれたか分かりますか? 見ていた人っていますか?」

「私は全く気が付きませんでしたわ」

「やっぱり……」


 エルシィと一緒に空を見上げてみれば、人工精霊は相変わらずフヨフヨと漂っている。その光景が黒い影に遮られたかと思うと、アジ・ダハーカがステラの頭に乗っかった。


「うげっ」

「あのちっこいのは、そば粉のクレープとやらを食していた時に来たのではないか? ブラウンダイアモンドに引き寄せられたんだろう」

「正確には、ダイアモンドを持ってれのはアジさんです。アジさんじゃなくて私の所に来たのは、所有者だからかな?」

「さてな。儂は全部想像で言っているから、その辺は分からぬ」

「むむ……」


 相棒はそれまで大柄の近衛の肩でウォッカを楽しんでいた。だからなのか、シッカリと観察していたわけではなさそうだ。

 しかし、ブラウンダイアモンドと雷の人工精霊はドラゴンが言うように、関係がありそうに思える。

 このアイテムの所為で面倒な事ばかり起きていたけれど、良い事も起こるらしい。


 ボンヤリとしていたエマも人工精霊に興味を示す。


「逃げなさそう、この子……」

「うん! このまま街歩きをしても、ついて来てくれそうです」


 薄く微笑むエマを見ているうちに、ふと思い出す。


 さっきゴンチャロフ皇帝が『エルシィ王女に酷似した女性が、同国の猛者を伴って入国したようだ』と言っていたのだが、この”猛者”とはエマのことではないだろうか?

 だけども、彼はエマを注目している様子はなかった。

 顔までは把握されていないのかもしれない。


「何?」

「ジー……」


 不思議そうな表情をするエマを食い入るように見ていると、グイッっと片手が引かれる。


「わわ!」 

「ステラさん、午前だけでも収穫祭を思いっきり楽しむとしましょう! 屋台のご馳走を食べつくさなければ気が済みませんわ!!」

「エルシィさん、元気になったですね! よし、いっぱい食べましょう!」


 ステラ達はまず手近な屋台から攻めて行くことにした。



 そんなこんなでかなりの量を食べてしまい、午後に図書館の入口にたどり着いた頃には、ステラはぐったりとしていた。

 収穫祭のエリアでマクスウェル家の分家の人間に図書館の入館証をもらっていたので、すんなりと入れはしたが、これではまともに調べものが出来ない。

 ちなみにエルシィと近衛達はゴンチャロフ皇帝とエンカウントしてしまったことから、図書館に来るのは諦めざるをえなくなったようだ。

 この辺の事情はステラも良く把握していないのだが、エルシィの付き人によると、行動を監視されているのではないかとのことだったので、勝手な行動をとりづらくなっているらしい。


 キビキビとしているエルシィと離れたからなのか、更にモチベーションが湧いてこない……。


「ふぁぁ……。眠気に勝てそうにないんです。資料の方から来てくれたらいいのに……」

「お主、そんなことでは豚になるぞ」


 相棒に小言を言われ、ステラは頬を膨らませる。

 たしかにほっぺたやお腹の辺りがプヨプヨしているが、そこまで言わなくてもいいんじゃないだろうか。


「ビール腹のアジさんには言われたくないんですー」

「これは元々こうなのだ!」

「ふ〜ん」


 不貞腐れるステラの耳に、淡々としたエマの声が届く。


「資料の方から、やって来た……」

「え?」


 彼女が指さすのは人工精霊だ。

 は空中に何かの文字を書き出しているのだった。


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