ゴンチャロフ・ニコライ・アレクサンデルヴィッチという男
突然現れた紳士はズンズンとエルシィに近付いて行く。
近衛達が彼を止めようとしないのを不思議に思いつつ様子を眺めていると、男とエルシィはシッカリと握手を交わした。
「ゴンチャロフ皇帝陛下! 久し振りですわ!」
「久しぶりだな、エルシィ王女。ここへは内密に来ているので、小声で話してもらえるかな?」
「私と一緒ですわ! あ、失礼いたしました。小声でしたわね」
エルシィは今『皇帝陛下』と言っただろうか?
驚きつつこの国の皇帝の名を口にしてみる。
「ゴンチャロフ……ニコライ……、アレクサン何とかさん」
「ゴンチャロフ・ニコライ・アレクサンデルヴィッチだな」
「あ、そうそう」
アジ・ダハーカに教えてもらい、ステラは漸く思い出した。
ゴンチャロフ・ニコライ・アレクサンデルヴィッチはヴァルドナ帝国の皇帝だ。テレビなどで姿を見た事があるのだが、こうして市中で会うと別人の様に思ってしまうから不思議なものである。
普通一国のトップともあろう者がお供も連れずにこんな場所に現れたりしない気がするけれど、エルシィの行動を考えれば、彼女は普段単独で学校に通っている。最近のロイヤルな人達はそんな感じなのかもしれない。
混乱するステラ達をよそに、エルシィとゴンチャロフ皇帝は会話を続けている。
「宮殿で働く者の中に、中央駅付近で情報収集を行っている者がいてね。『ガーラヘル王国のエルシィ王女に酷似した女性が、同国の猛者を伴って入国したようだ』と知らせてくれたのだ。会わないわけにはなるまいと、ここにまいった」
「そうでしたのね。でも、どうしてわざわざお一人で会いに来てくださいましたの? ご理由がありそうですが……」
「うむ。……それがだね。君達に頼みたい事があったり……なかったり……」
ここで急にゴンチャロフ皇帝の態度が崩れた。
ギョロリとした眼球を右へ、左へと動かし、威厳が台無しになっている。
暫く口をモゴモゴとさせた後、自らの懐に手を突っ込み、真っ白なカードを取り出す。
「それは何なのでしょう?」
「入国したばかりの他国の王女にすぐに頼み事……というのも国力の底が知れるというもの。そこでどうだろう? 今宵私のパートナーとして宮殿のパーティに参加してくれないか? 話はそこでということで」
「パートナーですの? それはちょっと……」
エルシィは何を思ったのか、眉をしかめてこちらを見た。
しかしながら、ステラは自分に対して言いたい事がサッパリ読めない。
反応を返さないのも悪いだろうから、彼女の表情を真似ながら首を傾げてみたが、何も意味をなさない行動である。
二人で見つめ合っていると、ゴンチャロフ皇帝までステラの方を向き、ニカリと笑う。
「そこの少女もパーティーへの参加権があるのだな」
「んん? 私のことですか?」
「そう、そなただ。頭上に人工精霊が浮いておるのだから、宝探しに勝利したのだろう?」
「なぁ!? いつの間に……」
言われるがまま見上げてみれば、黄色いプラズマを纏った人工精霊がクルクルと回転していた。これはもしかして、”雷の人工精霊を捕まえる”ことを条件としていた宝探しをクリアしていたことになるんだろうか?
「宝探しの勝者には毎年宮殿のパーティで景品を授与している。運営委員に報告し、そなたも参加権を得るといい」
「景品って何ですか?」
「知らぬのか? 景品は”初霜のリンゴ”なのだよ。無味無臭だが、儚げな見た目をしているのでな、それなりに需要がある果物だな」
「初霜のリンゴ!!」
思いもよらない素材の名が出たので、ステラは目を輝かせる。
皇帝が言うように、初霜のリンゴを食用にするだなんてとんでもないことだ。
というか、全く向いていない。
冷却属性が付いていて、冷たさを必要とするアイテムの製作には必須級の素材だったりする。
弱点がこの属性のステラであっても、同系統のアイテムを作りたくないわけではなく、むしろ自分の経験の為に何かを製作しようと目論んでいるくらいなのだ。
それなりに欲しかった素材を今手に入れられるなんて、かなり嬉しい。
「パーティに行きたいです! エルシィさん一緒に行こうです!」
「……ステラさんがそうおっしゃるのでしたら、そういたしましょうか」
「では決まりだな。午後6時にそなたたちが泊まるホテルに迎えをやるので準備しておくのだ」
どうやら宿泊予定のホテルまで調べ上げられているようだ。
皇帝が頼みたい事は気になるけれど、ステラは珍しい素材の事で頭がいっぱいになってしまった。
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