複雑な関係

 その日の遅く、ステラはかすかな物音に目を覚ました。


「……何かの気配……うーん……」

「儂だ」

「むぅ……」


 耳の傍から自分の名前を呼ばれ、そちら側に寝がえりをうってみれば、サイドテーブルに相棒が座っていた。たしかアレムカと飲んでいたはずだが、もう帰ってきたらしい。


「あの婆さんは酒に弱い。早々に酔いつぶれたので、カーラウニやフランチェスカの所に寄ってから帰ってきたのだ」

「アジさんは行動力があるですね。というか……眠い」

「二度寝するな。本題はこれからだからな」

「うー……」


 もう半分ほど瞼を閉じているステラだが、アジ・ダハーカに枕元でジャンプされ、寝るに寝れない。


「実はだな。酔っぱらったアレムカに一筆書かせたのだ」

「む……。それってヤバイ手口なんじゃ……?」

「まぁ硬いことを言うな。見てみよ」


 相棒が紙きれを取り出すと、どこからともなく人工精霊が飛んできて、手元を照らしてくれる。

 書いてある内容はこうだ。


 ”譲渡人を以下では(甲)、譲受人を以下では(乙)とする。(物品の特定)第一条:目的となる物品(以下「本物品」という)は次の通りとする。①品名:ブラウンダイヤモンド2140カラット ②数量:1個 ――――”


 文章が小難しいため、目が滑る。これは一体何を書き示しているというのだろうか。


「……なんのこっちゃです」

「聞いて喜ぶが良い! ステラへの嫌がらせ未遂について一筆書かせた上で、迷惑料代わりにあの婆さんの宝物を貰い受けて来たのだ! 見よ、このダイアモンドを!」

「んにゃぁ!?」


 小さなドラゴンが嬉々として取り出したのは、夕方アレムカの家で見た毬栗いがぐり――もとい、ブラウンダイアモンドだ。

 ドフッと腹の上に投げられ、ステラは悲鳴をあげる。


 何という事だろう。アムレカはアジ・ダハーカと飲んでいる間、酔っぱらったフリをして呪われたブラウンダイアモンドを押し付けてきたのだ。

 彼女はこれを一度捨てようとしたくらいだから、今回手放す事に何の抵抗も無かっただろう。


「さぁ、存分に褒めてくれ!!」

「褒めるわけねーです! 何やってくれるですかぁ!」

「何を言う!!」

「アジさんはあの婆さんにはかられたです!」

「ぬぅ? もっと詳しく話してくれ」

「うわーん!!」


 悔しさのあまり、ステラはエマが様子を見に来るまで自室であばれた。



 次の日。

 売店の当番を終え、教室に戻ったステラは、自分の席付近を見て回れ右する。

 しかしながら素早さで彼女に勝てるはずがなく、容易く捕まえられた。


「お待ちくださいませ、ステラさん!」

「エ、エルシィさん。どうもです……」

「どうして最近私を避けますの!?」

「……えっと」


 夏が終わる頃、ステラは衝撃の事実を知った。

 この国の第一王女であるエルシィは自分の姉だ。だけど、彼女はそれを知らされていないようで……つまるところ、非常に関わりづらい相手になってしまっているのだ。

 しかし、エルシィは普段通りにステラに絡んでくるため、気まずいことこの上ない。

 態度に出さないように気を付けているはずが、彼女の様子を見るに、失敗してしまっていたみたいだ。


「特に理由は無いです!」

「それは嘘ですわね。目が泳いでいますもの!」

「泳ぎが苦手なので、そんなはずは……」

「……っ! とにかく、少しお話する時間を下さいませ!」

「でも授業があるっていうか……」

「後で私が教えて差し上げますわ! こちらに来てください!」

「あう~」


 ステラは彼女に手首を掴まれて、同じ階にあるテラスへと連行された。


 ボロを出さないように必死な身としては、若干じゃっかん憂鬱な気分になってしまう。


(やっぱり礼儀が欠けてたかなぁ。文句を言われたらちゃんと謝らなくちゃ……)


 ステラの想像に反し、エルシィは足を止めるやいなやボロボロと涙を流した。

 

「ええっ!? 何で泣くですか!」

「……私がステラさんに悪い事をしたのであれば、ちゃんとおっしゃってくださいませ! このままでは心が潰れてしまいますわ!」

「潰れたら痛そうです……」

「潰れなくても痛いのです!」

「……うん」


 エルシィは実の姉で、大切な友人だ。

 そんな彼女をこんな風に泣かせてしまっている事は大いに反省すべきだろう。

 まだ事実を話すべきじゃないのは分かっている。だけど、彼女の心情を配慮しれば、このまま放置したくない。


「エルシィさんは大切な友人さんです。……エルシィさんに関することで、少し悩んだのは事実ですが、貴女自身は悪くないっていうか……。私に特別な縁を感じているでしたら、たぶん勘違いじゃないです」

「……」

「今の私には事情を詳しく言えないですが、アイテム士として有名になって、王様に認められるくらいになったら、ちゃんと伝えるです! 待っててほしいです!」


 勢いに任せてステラが言いきってしまうと、エルシィの顔は真っ赤になった。

 何か勘違いをされている気がするのけども、そんなはずはないだろう。


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