ウィルオウィスプ(SIDE エルシィ→ステラ)

「【怪火かいか】」


 エルシィは自らの右手に青色の炎を灯す。

 わずかなエーテルで増殖するこの火は、与ダメ―ジとしては貧弱極まりないのだが、使い方によっては非常に有効な魔法だ。


 ユスティアの周囲に小さなな炎を集めれば、男の様子が明らかに変化した。


「っんだよ、これ……。気が散る!」

「余所見しててもいいのかなぁー!?」


 【怪火】に気をとられた隙を突き、レイチェルの中段蹴りが相手の鳩尾に炸裂する。


「……ぐぅ!」


 更に、レイチェルが突き出した盾はユスティアを強打し、面白いくらい後方に飛んだ。

 しかしそこは、戦い慣れている格闘家らしく、空中で回転しつつ鉤爪からプラズマを放つ。


「効かないっての!」


 防御に優れたレイチェルは光線を盾で防ぎ、幅広の剣で追撃する。


(いい感じだわ)


 戦況は攻勢に転じた。

 高いエーテルの感知能力は、戦闘においてかなり役立つだろう。

 しかし、エルシィはそれを利用してやった。

 いたるところからエーテルの刺激を受けたのなら、脳が混乱しやすく、目から得られる情報を処理しきれなくなる。


 ここから、勝利にもっていくには、ステラのアイテムが重要になりそうだ。

 制服のポケットから小瓶を取り出し、キャップを引き抜く。

 以前この”美形おじさんの汁”を飲んだ時の苦しみを思い出すと泣きそうになるが、ここは我慢だ。ギュッと目を閉じて飲み干す。


「……つぅ! 相変わらず、……きついですわ。【光焔こうえん】!!」


 一つの魔法を制御しながら、もう一種類の魔法を使うのは、かなりの集中力を必要とする。魔法技術の授業で習った内容を思い出しつつ、炎の魔法を使用すれば、アイテムの影響で充分すぎる程の大きさの火の玉が出現した。


「――でけぇ!?」


 ユスティアがこちらの動きに警戒した時にはもう遅い、巨大な焔が彼を焼き、後方の壁に激しく叩きつけた。それだけにとどまらず、その先で大きく爆発し、周囲の建物がバラバラに砕け散る。

 もうもうと立ち上がる煙の所為で様子が見えないものの、今の攻撃には確かな手ごたえを感じた。


 エルシィは息を整えながら、急いでステラのポーションを飲む。

 ”美形おじさんの汁”というアイテムは、効き目はバッチシなのだが、容赦なく身体をむしばむ。使い方を誤るとなかなかに危険なのだ。


「王女も普段からステラのポーションを飲んでおけばいいのに」

「ポーションは体調が優れない時や、傷を負った時に飲めばいいのではなくて?」

「そんな事ないよー! ステラが作ったやつは、飲めば飲むほど自己治癒能力が向上するんだ! この傷を見てよ」


 彼女が腕を持ち上げると、ザックリと袖が破れていて、大きめの傷も負っていた。しかし、痛々しい生傷がみるみるうちに塞がっていく。

 ステラのポーションにはリジェネ継続回復的な効果もあるということなのだろうか。


「ステラさん、やはりただ者ではありませんわね」

「そうそう! おっと、砂埃が晴れてきた」


 レイチェルが言うように、ユスティアを隠していた砂煙が薄くなっていった。

 クリアになった視界の中で、遺跡の壁に激突した男が頭から血を流して倒れている。


「勝てましたのね――」


 喜ぶのは早すぎたようだ。

 メキメキと不穏な音と共に、地面に亀裂が走る。


「わわっ! やばそう!」

「私の魔法の所為なのかしら!?」


 大急ぎで離れようとした二人だが、亀裂の範囲が広く、地面の崩落に巻き込まれたのだった。


◇◇◇


 ステラは地下内部に響いた轟音に身をすくめた。

 モニターの中で繰り広げられていた戦闘の様子から察するに、音の方向にエルシィとレイチェルが落ちた可能性が高い。


「すっごく良いところだったのに、地面が抜けちゃったんです! エルシィさんとレイチェルさんは遺跡内に入っちゃいました!」

「大変ね。というか、あまり大きな声を出すと、居場所に気づかれるわよ」

「おっとと……」


 慌てて口を抑え、足を止める。

 今地面が抜けたのは、地上に発生したエーテルだまりに、運悪くエルシィの魔法が当たってしまったからだろう。


(私の薬を飲んだから、思ったよりも威力が大きかったかも……。エーテルだまりに気が付かなかった可能性もありそうだけど……。なんにしても、二人の安否が気になるなぁ)


 あれほど大規模に地面が抜けてしまったのだから、大怪我を負ってしまっているかもしれない。ドローンを操作しても、彼女達の姿を見つけ出せず、焦りがつのる。


「フランチェスカさん、アジさん。ちょっと予定を変更して二人を見に行ってもいいですか?」

「お前が心配しなくても、出場者が戦闘不能になったのなら、直ぐに救護班が回収しにくるはずよ」

「救護班さん達が来るスピードが遅くて、二人が危険な状態になる可能性もあるし……、出来たら行きたいです」

「その気持ちも分からんではないが、落下音は儂等だけに聞こえたわけではないぞ。商業学校の奴等も向かうかもしれん」

「そ、そうなったら……やっつけてやるです!」


 決闘の最中に言うには、あまりにも甘い主張であるが、放っておくことは出来ない。却下される可能性が高そうだと思ったが、意外にもフランチェスカとアジ・ダハーカは頷いてくれた。


「お前のそういう優しいところ、嫌いじゃない。行くわよ」

「よかったぁ……。アジさん、先に行って二人を治療してくれないですか?」

「よかろう」


 ステラは小さなドラゴンが奥の方へ飛んでいくのを見ながら、二人の無事を祈った。


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