思いもよらぬ褒美

 ステラが一通り説明し終わると、フランチェスカは首を傾げた。


「そもそも、その薬はお前に作れるものなの? 似たような薬を開発しようとしていた人は大昔から結構いたみたいだけど、どれも失敗だったと聞くわ。現に、私の兄も完成にぎつけてはいないし」

「ええと……。フランチェスカさんの兄さんは、確かヴァンパイア族が好む血の成分でドリンク剤を作っていると言っていました。ソレと私が作ろうとしている薬はちょっと違うっていうか」

「目的は似ているのだから、同じようなモノじゃない」

「むむ……」


 フランチェスカとちゃんと話をしたのはこれが初めてなのだが、なかなかに大雑把な性格のようだ。ステラは少し考え、別方向からの説得を試してみる。


「さっき。妖精の国に行ったって言いましたよね?」

「うん」

「そこで、たくさんの珍しい経験をして、珍しい素材をゲットしてきたんです。私自身、ちょっぴり出来る事が増えて――」

「――その力を試してみたくなった?」


 大きく両腕を広げたステラに、フランチェスカの呆れを含んだ眼差しが刺さった。それに少し心臓が縮むような感覚になる。

 ステラがやろうとしている事は彼女にとって重要な意味合いを持つのだ。


「やっぱり、迷惑ですか?」

「迷惑とかではないわ。でも、ヴァンパイアであるわたくしに、お前自身の能力を示してくれない? 自信があるから、そんなメンドクサイ事しようとしているんでしょ?」


 彼女はクレープの最後の一欠けらを口に放り込んでから、そう言い放った。

 こうなってくると、結構困る。

 ヴァンパイア用の薬を作るのだから、ヴァンパイア族の協力は不可欠。

 顔見知りで、性格もまともなこの少女に頼むのが一番だろう。


 しかしながら、能力の証明となると、ステータスを見せなければいけないわけで……。妖精の国で常人ならざる力を得た事を当面伏せておきたいステラには、少々気が重い。


(うーん……。アイテム士として無名でいる限りはこういう事が多そうだなぁ。でもやりたい事に制限が係るのはストレスかも)


 少しの時間悩んでから、心を決める。


「これから私が見せるモノは秘密にしといてくれないですか??」

「そんなにヤバイの?」

「ヤバヤバなんです!!」


 フランチェスカは怪訝けげんな表情をしてみせたものの、その紅い瞳は輝いている。ステラに対して好奇心が芽生えているのかもしれない。


「約束する。秘密にしてあげるから、証明して」

「ほい!」


 夕日に向かって右手を差し出し、【ディープアナライズ】を使用する。

 上から順に現れていくステータスを、フランチェスカは言葉もなく見つめる。


「……」

「……」


 二人の間に落ちた沈黙がステラには少し苦しい。

 これで「作成能力無し!」と判定されたならば、結構傷つくかもしれない。

 ソワソワするステラを他所に、フランチェスカは自らのバッグの中から『職業別ステータスハンドブック』なる本を取り出し、宙に浮かぶステータスを照らし合わせる。


 数分後、漸く気が済んだのか、彼女は口を開いた。


「すっごく驚いた。お前、ウチの学校の危険物取扱学科の先生よりも、ステータスが上なのね」

「危険物取扱??」

「都立商業学校の有名な先生よ。お前と同じアイテム士だから、比較してみていた」

「ほへー」

「特に魔法系アビリティのうち2つは、上限と言われる5を超えてるし、とんでもない感じがする」

「それは! この間ティターニア様に全体的に引き上げてもらっただけで……、全然使いこなせてないっていうか……。ゴニョゴニョ」

「お前って……」

「なんですか?」

「別に。色々と規格外だし、謙虚に振る舞ってるクセして傲慢だし。お前と話してると、なんかつまんない事で悩んでるのが馬鹿らしくなる」

「ん?」

「もう少しお前と関わりたいっていうか……。とにかく、わたくしに手伝えることがあるなら、言ってよ」

「ホントに!? わーい!!」


 大喜びでフランチェスカの腕に抱きつけば「暑苦しい!」と引き離された。



 フランチェスカと魔法省近くの定食屋で夕飯を共にとってから帰宅すると、義兄がニコニコと迎えてくれた。


「お帰りステラ。見た目幼女の君が、こんな時間まで外をフラフラするのはどうなんだろうね?」

「まだ7時前なんです!」

「夜間に君が魔法学校に忍び込んだ際に、門限を6時にしたはずなんだけどね」

「そーでしたっけ?」

「すっとぼけてるね。罰として僕の肩もみをさせたいところだけど、ちょうど君にお客さんが来てるんだ。居間にいるから、会ってあげて」

「私にお客さんですか……」


 こんな時間に誰だろうと疑問に思いながら廊下を進み、居間の扉を開ける。


 ソファの上を見て驚く。

 なんと、エルシィの付き人が来ていたのだった。

 彼とも一応クラスメイトではあるが、イマイチ付き合い方が分からないため、ギクシャクと頭を下げる。


「い、いらっしゃいませです」

「ステラ・マクスウェルさん。夜分に失礼しております」


 石の様に固まるステラとは違い、彼の動きは淀みない。

 金ぴかのトレーやら、棒のようなものを手に、近寄ってくる。


「長居はしません。本日は王様と王妃様から申しつかった件で来ただけですから」

「あの……、理解がついて行かないというか……」

「先週、ガーラヘル沖にアスピドケロンが出現した際に、ステラさんは一般人であるにも関わらず大きな貢献をしましたね。私はその褒美を持ってまいりました」

「あれくらいでご褒美?」


 全くピンと来ないステラの耳に、義兄の笑い声が届く。

 振り返ると、開けっ放しにしていた扉の向こうにジェレミーが立っていた。


「エスカードさんが魔法省の幹部連中に熱心に働きかけたんだよ。”槍の破壊がどれだけ重要だったか”とか、”破壊可能な人間は限られる”とかを伝えたみたい。有難く受け取っておくといいよ」

「物によります!!」

「国王陛下より下賜されるものは、王都内の国有鉄道売店全店舗への出品権です」

「……ん?」


 ステラは耳を疑った。

 ”王都内の国有鉄道売店全店舗への出品権”とやらは、言葉だけで想像するに、駅等に併設されている売店に、好きな商品を置けるということだろうか?

 現状はそれほど多くのアイテムを作成しているわけではないので、イマイチ嬉しさを感じられない。

 ぼんやりと突っ立っているだけのステラの後ろから、義兄が「凄いねぇ」などと拍手してくれるが、なんだか他人事のようだ。


「それから、王妃様からこれを貴女にと」


 差し出されたのは、随分細工の凝った杖だ。

 先端部分に大きな紫水晶がはまっていて、なんとも言えずに幻想的に見える。


「わぁ、綺麗なんです!」

「エルシィ様を介して、王妃様にラベンダーの精油を贈りましたよね? 少し信じられませんが、王妃様はその精油のおかげで、だいぶ体調が改善したとかで……。ステラ・マクスウェルさんにお礼をしたいようです」

「そうなんだ! ……良かった」

「ええ、本当に。紫水晶には、あらかじめ魔法を込めておけるのだそうです。護身用に良い一品だと思いますよ」

「護身用! はい!」


 こちらの下賜品はかなり嬉しいかもしれない。

 杖を胸に抱えたステラは、小さく飛び跳ねたのだった。


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