学校帰りに食べるクレープの味(SIDE ステラ)

 順調に進むかと思われたビール造りは、意外な人物からの妨害で頓挫とんざしてしまった。

 倉庫の奥に隠しておいたバケツ型の発酵タンクが、売店係長に見つかってしまったのだ。

 なんと彼は毎日倉庫内の在庫をチェックして回っており、ステラの適当な隠ぺい工作等通じなかったらしい。


 呑気に登校してきたステラは校門付近で彼に捕まり、倉庫内でこっぴどく叱られた。折角造ったビールは窓から外にザバザバと捨てられてしまい、ステラの努力は無に帰した。


 しかも、罰として校内清掃を言い渡されたため、放課後の貴重な時間は掃除についやすはめになっている。


 ステラは窓枠に腰掛け、3本ものほうきを魔法で操る。

 ほどほどの魔法技術を持ち合わせているから、自分が手を動かす必要はないものの、広い校内を掃除して回るのは非常に面倒くさい。

 本日数十回目のため息を零してしまうステラである。


「うへぇ……。嫌な作業なんです」


 しかし、警察に突き出されなかっただけマシなんだろう。

 日頃係長と仲良くしておいた甲斐があったというものだ。


 そんなステラの背中に声がかかる。


「ステラ・マクスウェル」

「ふぁ!?」


 驚いて体勢を崩すが、すんでのところで落っこちずに済む。

 唇を尖らせながら窓の下を見てみれば、可愛らしい少女がステラを見上げていた。

 黒髪の一部を2つのシニョンおだんごにまとめ、残りを背中に長した特徴的な髪型。印象的な紅色の瞳はヴァンパイア特有のものだ。

 垂れ目だから優し気かというとそうでもなく、短めの眉毛や小さな唇の形状がちょっとばかし強そうな雰囲気をかもし出す。


「あ……。フランチェスカさん」

「これ、お前の使い魔に頼まれて買ってきてあげたわ」


 掲げてみせるのは、ビニールに入った瓶だ。

 ここからは中身が良く見えないものの、ステラはピンとくる。先日、ここには居ないアジ・ダハーカがツテを頼ってビールを調達すると言っていた。

 この少女がそのなんだろう。


(アジさんって美女との繋がりを大事にしすぎなんです)


 やや微妙な気分になりつつも、ポケットからネコ型のがま口財布を取り出す。


「アジさんは今居ないんです。お代は私が払うですよ」

「代金なんて要らない。前に兄が迷惑をかけたから、詫びとして受け取って」

「はぁ……。どもです」


 ペコリと頭を下げるものの、フランチェスカはビールを手渡さないし、立ち去る気配もない。

 ただジッと校舎を見上げている。


(どうしたんだろ?)


 ステラは、彼女の姿を観察し、ある些細な変化に気が付く。

 心なしか彼女から、以前会った時よりも自信のようなモノが薄らいでいるような気がするのだ。


「わたくし……、この学校に転校しようかな」

「ほへ?」


 彼女が今着用しているのは紺色のワンピースに白色のセーラーカラーが爽やかな制服――記憶が確かなら都立商業学校指定のものだったはずだ。

 何かしかの理由あって商業を学んでいるだろうに、何故魔法学校に興味を示すのだろう。


 ステラ「うーん」と少し考えてから、らしくない提案をしてみた。


「私でよければお悩み相談に乗りますが!」


 踏み込み過ぎている自覚があるので、ほっぺたがポッポと熱くなる。

 断られるだとうと思いきや、フランチェスカは大きく瞬きした後、頷いてくれたのだった。



 その後、フランチェスカに掃除を手伝ってもらい、レイチェルが住むマンションに二人で行った。

 ビールを渡してから、海沿いの道をノンビリと歩く。


 さきほど『相談に乗る』と言ったわけなのだが、少女は何も喋ろうとはしない。

 となると、無言になってしまうわけで……、ステラは仕方が無くこの間行った妖精の国での冒険を話して聞かせた。


「――そこでゴーレムの腕がぴょ~~んって飛んできて、ペシャンコになりそうだったんです」

「ゴーレムって腕が外れるのね」

「接着が甘いんです」


 そういうしているうちに目当てのクレープ屋さんに到着した。

 ステラはチョコバナナといちごを注文し、いちごの方をフランチェスカに手渡した。

 勝手に具を決めてしまったのを怒られるかと思いきや、彼女はためらい無く黄色の生地に齧りつく。

 その様は妙に子供っぽくて、彼女を勝手に”大人”の枠に入れていたステラには意外に思えた。


 海の見えるベンチに二人で並んで座り、暫しクレープに集中する。

 労働の後の甘いものを食べると体に染み渡る感覚になるのはどうしてなのか。


「美味しぃです~」

「うん」


 ステラはフランチェスカよりもずっと早く完食し、タオル地のハンカチで自分の口を拭った。


「今更なんですけど、フランチェスカさん、ビールを買いに西区まで行ってくれてどうもでした」

「別に。いとこの様子を見るついでだったから、大した手間ではないわ」

「いとこさんがバーで働いてるんですか?」

「バーじゃない。ブルワーって知ってる?」

「えっと……。ビールの造り手さんでしたっけ?」

「うん。あいつはブルワーなのよ。さっき渡したビールもあいつが造ったもの」

「すごっ!!」


 ちょうどビール造りに行き詰っていることから、”ブルワー”という言葉がなおさら素晴らしい響きに聞こえた。

 もし協力してもらえたなら、アイテム作成の成功率が上がりそうだ。


「その人に会いたいです! ちょうどビール造りで悩んでたんです!」

「……会うべきじゃない」

「ガーン……」

「別に意地悪で言ってんじゃない。ただ、アイツの身辺が胡散臭いから、会わない方が安全なだけ」

「いとこさん……」


 若干無神経な言い方になってしまい、ステラは両手で口をふさぐ。

 フランチェスカは先日兄が逮捕されたばかりなのだ。

 無意識に彼等の行為を関連付けたのはあまり良くないことだ。


「細かい所に気を遣わなくていいんだけど。それより、何でアイツの力が必要なのか聞いてもいい?」

「えっと、実は――」


 ステラは自分が造ろうとしている薬について説明する。

 無事に完成したなら、飢える吸血鬼を救えるかもしれないし、襲われる人間も減るかもしれない。

 彼女ならばその価値を分かってくれるだろうと思うと、話に熱が入ってくる。


 話を進めるにつれて、フランチェスカの表情は真剣なものに変わっていった。



 

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