北西海のアスピドケロン

 エスカードが宣伝してくれたからなのか、ステラが立つカウンターの前には少しずつ魔法省の職員が訪れるようになった。魔法省王都安全局局長という肩書は伊達じゃないようだ。


 皆の目当ては、先ほどエスカードに売ったシロップ代わりにマジックアイテムを使用したカキ氷なのだが、多めの料金を置いて行くので小一時間で金貨8枚程度の売上になっている。

 カキ氷の大部分がアジ・ダハーカが魔法で作り出した氷と考えれば、ボロい商売である。


「妹さん。今日はマクスウェル部長はどうしてる?」

「ん?」


 見覚えのある男性職員に話しかけられ、ステラは首を傾げた。

 記憶を辿ると、義兄の部下だったような気がする。


「ええと、兄はエル――じゃなくて王女殿下の剣術訓練に付き合ってるんです」

「王女殿下って! エルシィ様!?」

「うん」

「あんな綺麗な方と二人っきりだなんて、羨ましぃぃぃ!! はぁ、俺もいつかは……」


 以前、エルシィに義兄との訓練について聞いてみたことがある。

 訓練の時は彼女のお付きの者や近衛兵等が見張っているため、私的な会話すらし辛い雰囲気なのだそうだ。

 しかし、この人物の夢を壊すのは気の毒なので、詳しく教えないでおいた。


 独り言を呟き始めた男性職員から目をそらし、遠方を見れば、海にはまだ小さな島のようなモンスターが居座っている。魔法省はアレをどうするつもりなんだろうか?


「何時頃アスピドケロンに攻撃をしかけるですか?」

「子供って、やっぱ巨大生物が気になるんだな。その好奇心を満たしてあげるとしよう。作戦決行は10時半の予定! それなりに派手なバトルになるだろうから、危なくない所で見ててくれ」

「は~い」

「じゃあな!」


 ステラとの会話で何か思い出したのか、男性職員は足早にカウンター前から離れていく。


 それからは暫し、魔法省の人達の来客は途絶え、代わりに一般人が来てくれるようになった。普通のカキ氷に、マジックアイテム入りのカキ氷、瓶入りの薬等、何でも良く売れ、売上は絶好調だ。


「むふふ。海の家で私のアイテムを買った人達がいっぱい宣伝してくれたなら、私有名人になれるかもなんです」

「たった1日アイテムを売ったくらいじゃ、大して影響でないんじゃね。こういうのは継続しないとさー」


 ホクホクした感覚に冷水を浴びせかけたのはクリスだ。

 彼の方が少し長く生きている分、色んな苦い経験をしたのかもしれない。


「……商売って難しいんです」

「そぅそぅ。ま、局長さんに気に入られてたし、そのうち良い仕事貰えるかもしれないな? 期待しすぎない程度に待っとけば?」

「うん」


 彼女がいるであろう方向を見ると、ちょうど浜辺からボードが三艘出発したところだった。先頭のボードには、大きな杖を担いだエスカードが立っていて、実に勇ましい。


「今から戦闘が始まるんだ……」


 少々心配になり、アスピドケロンに右手を向け、覚えたばかりの分析魔法【ディープアナライズ】を使用する。

 クリスに見られないようにと、カウンターの影に縮こまり、自分だけ見れるようにデータを表示させる。


【名前】北西海のアスピドケロン

【ジョブ】夢想家Lv82

【サポートジョブ】漁師lv45

【パラメータ】 STR:578 DEX:75 VIT:824 AGI:42 INT:481 MND:693 HP:16,493 MP:9,948

【アビリティ】ダメージ無効化、防御力無効化、マインド粉砕、深海/ギャザリング、疑似餌

【弱点】毒、生産魔法


「ふむふむ。アビリティは想像しやすいような、し辛いような……。それと生産魔法が意味不明です」

「そーね」


 斜め後ろから声がかかり、飛び上がる。

 振り返ると、案の定クリスが中腰で立っていて、ジットリとアスピドケロンのステータスデータを眺めていた。


「コッソリな行動をしてたら、気を遣ってほしいんです!!」

「怪しい行動をとってる従業員が居たら、雇用主としては見に来るに決まってるっての」

「うぐぐー」

「んなこたぁ、どーだっていいじゃん。それよりも、アンタってさ、分析魔法を強化したの?」

「えーと、何と言えばいいか……、あえて言うなら、これは……。バグなんです!」

「……」


 苦し紛れについた嘘は、バレバレだったようだ。

 白けたような目付きが恐ろしい。


「オスト・オルペジアで体に何かされて来た感じかね」

「うぅ……。実は――」


 本当は言いたくないのだが、仕方が無く、ティターニアにされた事を打ち明けた。分析魔法だけではなく、生産魔法までもランクアップを果たしたと知ったクリスは、割と長い時間黙り込む。

 やっぱり、人外染みてきた後輩とは関わりたくないと思っているのだろうか?


「変ですか? 私」

「いーや、変っていうか、俺もオスト・オルペジア行けばよかったと思ってさ。あー悔しい!!」


 彼はビシリと自分の太ももを叩き、グリルカウンターに戻って行った。

 

(クリスさんってやっぱ、向上心が高い人なんです)


 妖精の国に行った全員が、アビリティのランクアップを果たしたわけではないものの、ティターニアがクリスを気に入る事もあったかもしれない。そう考えると、彼はやっぱり貴重なチャンスを失ったんだろう。


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