義兄の上司さん??
途方に暮れるステラに、情報をくれたのはクリスだった。
「あの人、魔法省王都安全局の局長エスカード・ソーマウルって名前」
「知ってるですか?」
「おっぱい大きいし」
「あ、はい」
この先輩とこれ以上話しても無駄だと悟り、ステラは魔法省の職員が多数集まっている所に近付いていく。
「ソーマウル局長、あんな薄着で大丈夫かよ~」
「冬でも殆ど下着だから平気なんじゃないか。それよりも、わざわざ現場に来る必要なんてないのに、よくやる」
「戦闘好きなんだから仕方がない」
聞こえてくる話は、エスカードで持ち切りだ。
彼女が口にしてしまったかき氷のことを、彼等に伝えようとしたステラだったが、近くで上がった歓声の所為でタイミングを逃してしまう。
「すっげー!!」
「なんという威力なのでしょう!」
(なんだろう?)
流石に気になり、彼等が見ている方向に、視線を向けてみる。
すると、何らかの力で凍結した海が大きく切り裂かれた。割れ目から大量の水が噴き出し、横向きに大きなカーテンを作り出す。
しかも、その色が透明から真っ赤になっていることから、なんらかの生き物を虐殺したのも察せられる。
「エスカ姉さんがたくさんのレモラを倒してるんだ!!」
「相変わらず派手だな~」
どうやら、海でエスカードが大暴れしているようだ。遠方に人影のような物が見えなくもないが、動きがあまりにも素早い所為で、ちゃんと目で追えない。
(つ、強っ!!)
少しの間、見ごたえたっぷりのバトルショーが続いたものの、それは唐突に止み、当のエスカードがステラの目の前に移動してきた。
「ステラちゃん」
「わわ! ほいぃ」
あれだけの動きをしたというのに、彼女ときたら、息一つ乱していない。
「さっきのかき氷、普通じゃないわね」
「ぎくぅ」
ちゃんと話そうとは思っていたけれど、いざ説明するとなると、うまく言葉が出て来ない。
あのアイテムは、使用者のSTRとINT――つまり、攻撃力を上げる効果がある。しかし同時にその人のHPを削る性質を持っている。
そのため、毒と見做す者も居るだろう。
果たしてエスカードはどのように判断するのか。
ステラが説明し終えると、エスカードは両手をポムッと打ち鳴らし、楽し気に微笑んだ。
「成る程ねぇ。どおりで肉体が蝕まれるような感覚と、力がみなぎるような感覚が同居していたわけだ。新感覚を味わわせてもらったわぁ」
「ふむふむ。参考になるです!」
「よかったら、もう一杯あのかき氷をいただきたいわね」
「ほい! アジさ~ん! 氷出してくださ~い!」
魔法省の役職者ともなると、あの程度のデメリットは特に脅威ではないらしい。
ホッとしながら、カウンターの上でウトウトしているドラゴンをつつき回す。
「む。何をする」
「もっかい細かい氷を出してほしいんです! おかわりの注文ですよ!」
「やれやれ……」
ムクリと上体を起こした後、アジ・ダハーカは目を細め、何故か遠方を見つめる。
「遠くに黒い影が見えるな」
「影?」
彼が見ている方を、注視してみれば、確かに沖合の方に黒っぽい何かがあった。
ガーラヘル沖に小島など存在しなかったはずなので、不思議な光景だ。
「誰かが魔法で海底を持ち上げたのかな?」
「違うわよ」
いつの間に近付いて来ていたのか、エスカードがステラの隣に並んだ。
「……エスカードさん」
「あれはアスピドケロン。レモラを集めながらガーラヘル沖に来ちゃったみたいなのよ」
「そのモンスター、図鑑で見たことがあるかもです。9つの海を自由気ままに旅する種族なんでしたよね」
「そうなの。さすがはマクスウェルの子、珍しいモンスターも勉強しているのね。良かったら私と一緒に行動しない?」
「へ? どこに?」
「アスピドケロンへ」
「えっとそれは……」
本から得た情報によれば、長く生きているアスピドケロンの体内にはちょっと珍しい素材が入っている。
この国に来てしまった個体が年老いているか、若いかは分からないものの、アイテム作りをする者としては、またと無い機会に思える。
しかしながら、自分の弱点に冷気が絡む以上、危険な沖合に行くのは自殺行為だ。
相棒の鋭い視線に苦笑いしながら、ステラはエスカードに首を振った。
「魅了的なお誘いなのですが、私は泳げませんので、お断りしようかなと」
「あらそう。残念ね。貴女くらいのサイズの子なら、おぼれてしまっても助けられるのに」
「あうう……」
自分の体質を恨むのみである。
ステラ達が話をしている間に、アジ・ダハーカは魔法で氷を作ってくれていた。
彼からカップを受け取り、”美形おじさんの汁”を振りかけ、エスカードに渡す。
「有難う。このかき氷はこんなに安くてはいけないと思うから、金貨1枚渡しておくわね」
「わぁ。まいどありーなのです!」
「部下達にも宣伝しておくわ。またね」
「助かりますです!」
アスピドケロン討伐に立ち会えないのは残念であるが、自分のアイテムを実力が確かな人に認められるのは嬉しい事だ。
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