長き夢の果てに

 岩壁が崩れた箇所から地底湖エリアを脱出し、複雑な術式が描かれた通路を進む。エルシィは馬に全力疾走させている。急がなければ、地上で戦う者達の安全が脅かされることから焦りがあるのだろう。ステラは振り落とされないように、タテガミを握りしめるのに必死だ。


 ほどなくして最奥へたどり着く。


 不思議な空間だった。

 円筒形の部屋の中央部に巨大なダンジョン核が浮かび上がっている。その色合いは、先ほど相棒が口にしていた通り、オベロンの胸に嵌る石の色と同じだ。

 視線を下に向けると、床には水路が張り巡らされていた。流れる液体は、中心位置ほど青く光り、何か特殊な液体であるのは明らかだ。


 オベロンはここに封印されていただろうか。

 床に転がる太い鎖が妙に生々しい。


 馬の上からピョンと飛び降り、水路の近くで屈む。

 流れる水に顔を近づけると、かすかにモータルウォーターと似た匂いがする。


(この水路の水は、地底湖から引いてそう。ってことは、あの地底湖の液体は全部モータルウォーターだったんだ! すごい……)


 術式の中で液体の色合いが変わっているのは、何か特別な物質と反応させているからだろうか。随分と凝った封印である。

 何となく原理を理解し、ステラは水門の役割を果たしていそうな装置に向かって走る。そんなステラに、エルシィは戸惑っているようだ。


「ステラさん。このダンジョン核を破壊すればよろしいのかしら?」

「たぶん! ちょっとだけ待っていてほしいんです!」

「ええ、分かりましたわ」


 回転式のハンドルを回し、水門を閉じようとするが、これまたさび付いていて、なかなかうまくいかない。仕方無しに魔法で大きめな石を出現させ、液体をせき止めた。

 すると、ダンジョン核を取り囲む術式が消えていく。


「これなら壊せるかもなんです!」


 満面の笑顔で二人の方を向き、ステラはギョッとした。彼等の背後に、妖精王がフワリと降り立ったからだ。アジ・ダハーカとエルシィも気配に気がついたようで、素早く振り返る。


「だいぶこのダンジョンの仕組みに詳しくなったようじゃな」

「ティターニア様……」

「ティターニアよ。王配を止めるのだ。お主への復讐心からこの国を破滅に導こうとしておるようだぞ」


 アジ・ダハーカの言葉にも、ティターニアは焦る様子はない。


「先ほど申したじゃろう? 妾はこの術式を活性化させるために、魔力をだいぶ使った。オベロンを止める力などあろうはずがない」

「じゃあ、オベロン……さんが暴れ回るのを黙って見ているんですか?」

「……」


 ステラの問いには答えず、妖精王は優雅な足さばきでダンジョン核へと近づいていった。彼女の思考が全く読めない。


「老婆の昔話を聞いてくれぬか?」

「むぅ……。ちょっとなら……」

「ふふ。良い子じゃな。――――最初はな、ただの暇つぶしのつもりだった」

「うん?」

「好いた女を追いかけてこの国へ入った人間の男の想いはいか程かと。罠を仕掛けたのじゃ」

「……うん」

「まぁ引っかかることはないだろうと高を括ったというのに、コロリと堕ちよった。愚かで、可愛らしい男よ」

「アダルトなのは無理解なんですけども……。ええと、オベロンさんを好きになったから、地下に住んでいたアイテム士さんを殺したんです?」

「いいや。あの者はなぁ、ただの病死じゃ。元々、アイテム士がここに住みついたのは、自分の死期を知ったから。好きな研究をしながら、死んでいきたいと申しておった」

「それは分かるかもなんです……」


 素直な意見を言えば、ティターニアはステラに対し、可愛らしく微笑んだ。


「思い返してみると、嫉妬していたかもしれぬのぅ。その感情があの変わり者のアイテム士に対してだったか、オベロンに対してなのかは、今となっては分からぬのじゃが、明確な悪意が胸の中に芽生えておった」


 彼女は随分と人間らしい存在だ。

 もしかすると、ステラ以上に感受性豊かかもしれない。

 大昔、目の前で繰り広げられる人間の愛憎劇に身を置き、彼女は混乱したのだろうか。


「悪意を、取り除けばいいですよ」


 自分の口から勝手に出た言葉にステラは驚いた。挙動不審になりそうになるが、グッと我慢する。この妖精に対しては、堂々と向き合いたい。

 ステラの言葉に、ティターニアは気を悪くした様子を見せない。

 むしろ楽し気ですらある。


「どのように?」

「壊してあげるです。ダンジョン核を……。貴女が出来ないなら、私がやります」

「ク……。おかしな娘じゃ。だが、その心の強さが、どこか懐かしい」


 彼女の元に、一歩一歩足を進め、目の前で立ち止まる。

 上目遣いで見上げれば、華奢な両手がステラの肩に乗せられた。

 彼女の手の平からポウ……と、何か力が流れ込んでくるが、それが何なのかはサッパリ分からない。


「我が友の子よ。オスト・オルペジアを長き夢から醒まさせておくれ」

「とも……? あ、はい、はい!」


 気になる事を聞いて動揺するが、気を取り直し、ブンブンと頷く。

 今は一刻を争うのだ。少しでも遅くなれば、地上で戦う人々の命が危うい。

 急いで新薬を飲み込み、両手をダンジョン核に向けた。



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