身体強化の苦しみ(SIDE エルシィ)
エルシィに気が付いたステラが、馬上から大きく手を振る。
「エルシィさん! 良かったです!! 足を痛めて動けなくなっていないかって、心配してたです!」
「隣国の元王子様から笛を奪ってやったのですわ! ご覧くださいな」
ちゃんと名前で呼んでもらえたことに気を良くしながら、笛を高く掲げてみせる。すると、それを確認してくれたステラの顔が、パァと輝いた。
「やっぱ、それが怪しいですよね! ゴーレムのステータスに補正が付いているのは、絶対笛の音の所為だからだって思ってたです!」
「ほ……補正?」
「【アナライズ】! おー! やっぱり補正が消えてる! ナイスなのです~」
ゴーレムに分析魔法を使用したステラは、無邪気に喜んでいる。
自分としては、単に新たなモンスターを呼んだり、従わせるだけではないかと考えていたのだが、ステラは別方向の想定をしていたらしい。
(複数人いると、思考を補い合えていいものね)
そう、しみじみと感じ入ったのは僅かな間だった。
ゴーレムの方からガゴン、ガゴンと重い岩がぶつかるような音がしたと思ったら、何かが猛スピードで飛んできたのだ。
「なっ!!?」
「エルシィさん、それ、2段式ダブ――ふにゃ!」
すんでのところで横に避け、事なきを得たが、もうもうと立ち上った砂煙が収まると、今までエルシィが居た場所には大きな岩石が鎮座していた。地面に走る亀裂が衝突時の衝撃を物語る。
「これ、ゴーレムの手よね……? ステラさん達は?」
慌ててステラ達が居た場所を確認すると、レイチェルが盾を構えているのが確認出来た。その少し前方にゴーレムの手らしき物体が落ちているので、恐らく彼女が防御系のスキルで防いだのだろう。
エルシィは「ふぅん」と目を細める。
(あれだけの威力の攻撃を防ぐだなんて、あの方もなかなかのやり手ね)
傍に転がる巨大な手がガタゴトと振動し、ゴーレムの腕に戻っていく。
モンスターの生態とは面白いもので、時折こうして、自らの身体を自由自在に取り外してみせるのだ。不自由の多い人の身を持つ者としては羨ましくもある。
少しばかり感心してから、エルシィはレイピアの刀身にさっと手を当て、属性を付与しなおす。
「さて、あの巨体をどう撃したものかしら」
先ほどゴーレムに回し蹴りをした時、何か不思議な力が自分の足に加わり、大ダメージを受けた。双方同時に攻撃したにしてはタイミングが早すぎた。
コンマ一秒レベルで、攻撃が跳ね返るわざを、以前誰かからも使われたことがあるのだが、それと似た感覚だったのは、きっと気のせいではないはず。ゴーレムも似たようなスキルを保持しているのだと推測できる。
しかしながら、ゴーレムの巨体を挟んだ向こう側に居るステラの攻撃は通用しているようだ。
(魔法ダメージは有効なのかしらね)
だとすれば、属性を付与したこのレイピアでなら、ダメージを与えられる可能性がある。
「ゴーレムの
「エルシィさーん!! この薬を飲んでほしいんですー!!」
「え!?」
ステラではなく、レイチェルがポーンと投げてよこしたのは、先ほど目にした実験用の小瓶だ。内容物は、ステラの新薬である、STRとINTを二倍にする効果のアイテムだろうか?
ヴァンパイアの血を入れていたことを思い出せば、少々抵抗を感じなくもないが、頭を振り、一口飲み込む。
「……っ!? これは!!」
液体が喉を通りすぎると、内側から作り変えられるような強烈な不快感が全身を襲った。その感覚を、足を踏みしめ、何とか耐える。
ステラがこれを作り上げた際はとてつもない薬だと思った。
しかし、これは飲む人間を選ぶタイプのアイテムだったようだ。
立っているのもやっとだなんて、想定外にもほどがある。
どこまでも無垢な表情をしたステラは、こちらに小さな手の平を向けた。
静止する隙もなく、使用されたのは、追い打ちをかけるようなスキル。
「【効能倍加】!!」
「く……ぁ……あぁあ」
額にも、背中にも、冷や汗が流れる。
自分の実力以上の力を引き出すのは、苦痛と引き換えなのだった。
ぼやける視界の中で、再びゴーレムの手が弾丸のように飛んできていた。
「ハァ……、ぅ……。散りなさいよ!」
レイピアを前方に突き出すだけで、岩は気持ちいいくらいに真っ二つに割れた。
その威力に、苦痛も忘れて大声を出す。
「これは! とんでもない薬ですわ!!」
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