161番目のプリムローズ(SIDE エルシィ)

 演習場から王城へ戻ったエルシィは、妖精王の使いの者と会うため、深紅のドレスに着替えた。父である国王陛下から外交関連の公務を一部譲られてから、子供っぽいドレスは全て捨てたのだ。

 付き人と共に謁見室へ入ると、訪問者が二人居た。

 

 随分と珍妙な格好かっこうをしている。


 まず一人は透けるような生地のドレスを身に纏い、そしてもう一人はバルーン型のワンピース姿。二人とも顔の半分を覆う仮面を装着している。おそらくこれは人間に似せた、仮の姿なのだろう。


 蝶々の羽根が生えた可愛らしい小人を期待しただけに、エルシィは内心落胆する。そんなエルシィの事などお構いなしに、謁見者は挨拶を始めた。


「お初にお目にかかります。ガーラヘル王国第一王女エルシィ・ブロウ様。私はオスト・オルペジアの王ティターニア様の使者で、名を161番目のプリムローズと申します」


 外見同様、何とも不思議な名前である。

 本で読んだ知識によれば、妖精達は生まれてくる子等に植物の名を付けるのだが、妖精が好む植物が少ないため、普通に付けたのではかなり名前が被るのだそうだ。だから彼等は番号を付けて識別するのだとか。

 エルシィは次第にこの風変りな客人にワクワクしてきた。


「ようこそガーラヘル王国へ。プリムローズさんとお呼びいたしますわ」

「光栄です。エルシィ様におかれましては、その見目美しさは我国でも噂の的。ティターニア様ですら、伝え聞く貴女様の容姿に日がな一日嫉妬するほどで――」

「お世辞は結構ですわ。貴女も長旅で疲れていますでしょう? 単刀直入に要件を伝えていただけるかしら?」


 放っておくといつまでもご機嫌取りをし続けそうなプリムローズを止め、今日ここへ来た目的を思い出させる。

 彼女は呆気にとられたのか、少しの間ポカンと口を開けたが、要件の説明は可能なようだ。


「実は、ガーラヘル王国に住まう我が同族から助けを求められておりまして……。第一王女様であられるエルシィ様のお力添えをいただきたいのです」

「そうでしたの。……恥ずかしい話なのだけれど、この国に妖精が住んでいるのを始めて知りました。少しばかり驚きますわね」

「妖精の中には物好きな者がいるのです。でも、それは人間も同様なのでは?」

「おっしゃる通りですわ」


 プリムローズは楽し気に笑ってから、後ろに控えていた者に合図を送った。

 その者はしずしずとエルシィに近寄り、素朴な籠を両手で差し出した。

 礼を言い、受け取ると、中にはリボンでグルグル巻きにされた大麦の穂が入っていた。キラキラと輝いているので、一般的な物とは根本的に異なるのだろう。


「ガーラヘル王国に住まう我等が同族は――777番目のクローバーという名前なのですが、”妖精の大麦”関連でこの国のどこかに拘束されていると、ティターニア様に伝えてきました。普通の妖精のメッセージなら、あの方は無視したのでしょう。しかし幸か不幸か、あの娘はクローバーの中で777番目に名付けられた、大変縁起の良い妖精なのです。ですから、ティターニア様は是非救いたいと言い出されました」

「ティターニア様はギャンブルをたしなまれる方なのかしら……」

「え?」

「独り言よ。気にしないでちょうだい」

「はい。”妖精の大麦”はオスト・オルペジアの外では、まだまだ珍しいと聞きますし、それを手掛かりにクローバーを探し、助けていただきたいのです」

「……」


 エルシィは思案を巡らす。

 ティターニアの頼みは、おそらく簡単ではない。

 わざわざ他国に力を借りなければならなかったのは、これまで彼女達自身で捜索・救助を試みて、失敗したからだと想像出来る。

 妖精に出来なかった事を、果たしてやり遂げられるのだろうか。


 しかしながら、ここでティターニアの機嫌を取っておけば、交易から戦力、情報に至るまで、あらゆる面で協力を得る事が期待出来る。

 引き受けた方が絶対に得だ。


「お受けしましょう。貴女のお仲間を救助致しますわ」

「まぁ! 有難うございます!」


 お供の者と二人で喜び合うプリムローズの姿を眺めながら、今後の事を考える。

 彼女が言っていたように、手掛かりの”妖精の大麦”はこのガーラヘル王国では殆ど流通しない作物だと記憶している。


 海に面するこの国が、植物の生育に過酷な環境だからだ。

 塩分を含む海水が台風等で巻き上げられ、繊細な植物に塩害をもたらす。

 そのため、”妖精の大麦”を植えようと考える者が居らず、輸入に頼らざるをえない。


(でも、探す場所は絞れそうね)


 エルシィはクルリと後ろを振り返り、付き人に命じた。


「取りあえず、ガーラヘル王国内で”妖精の大麦”を取り扱う店、流通業者を調べてみてもらえるかしら? 魔法省の手を借りても良いと思うわ」

「了解いたしました! すぐに取り掛かります!」


 珍しい謁見者に浮かれているのか、付き人は少々上ずった声で返事をした。

 彼はそれなりに有能なので、ある程度は任せてしまっていいだろう。

 

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る