甘くないレイチェル(SIDE ステラ)

 昼時の食堂の片隅で、

 ステラとレイチェルはテーブルを挟んで向かい合う。

 オムライスをモグモグと頬張るステラに対し、レイチェルの方は食事そっちのけで学校新聞を読みふけっている。

 ゴシップだらけなのに、何が面白いんだろうか。


「ねー、ちょっと見て見てー! ブリックル先生がついにクビになるって!」


 顔と皿の間にイキナリ新聞を挟み込まれ、ステラは目を丸くする。


「ふむぅ……」

「もっと喜びなよー! ステラの危険が一つ減ったんだよ? これで平穏な学校生活をエンジョイできるんじゃない?!」

「襲撃されたのが結構前だから、ちょっと薄らいだというか……、どうでも良くなっちゃってます」

「ステラって、そういうとこアッサリしてるよね。そこが可愛いんだけど」


 よくわからない事を言った後、レイチェルはクリームシチューに手を付けた。

 そんな彼女を見ながら、二週間前の事件について考える。


 ブリックル先生とクラスメイト8人から襲撃を受けた時、バニラのアイテムの影響で、現場は敵味方不明の大パニックに陥った。どうしたものかと途方に暮れていた時にレイチェルとエルシィが来てくれた。

 レイチェルには感謝したけれど、エルシィの顔を見た時、実のところ少しばかり警戒した。

 ブリックル先生の側に付くんじゃないかと勘繰ったからだ。

 だけど、意外にもエルシィはステラの味方だった。


 王族の一員という強力すぎる発言力を活かし、ブリックル先生の懲戒免職とクラスメイト達の退学を学校にかけあると主張してくれたのだ。

 彼女の断罪は嬉しいものだったけど、ステラはその決定の一部分だけ変えてもらった。


 クラスメイト8名は停学処分にと口添えした。彼等はブリックル先生の術にかかっていただけなので、退学処分は重過ぎると考えてのことだ。


 停学を終えた彼等は、改心する。そう思っていた。しかし、その考えは浅かった。なぜなら――。


「ここに一年スライム組のステラちゃんは居るか!?」

「どこいったんだ!?」


 食堂に賑やかな一団が入ってきた。

 ステラはそれを耳にし、小さく悲鳴を上げて椅子からするりと滑り降りる。

 テーブルクロスの下で丸くなると、さすがのレイチェルも慌てたようだ。


「ちょっ! ステラ!?」

「私はここに居ないです」

「居るじゃん!」

「居ないんです」

「あー、もう! 誤魔化せってことね!?」

「ん。ヨロシクなのです」


 彼等に見つかってしまうのは厄介だ。

 姿を発見されてしまえば、えんえんと付きまとわれてしまう。


 テーブルの下でジッとしていると、六対の足が近寄って来た。


「おい、レイチェル・ブラウン。今日はステラちゃんと一緒じゃないのか?」

「あー、うん。あの子忙しいみたいだから」

「嘘だね。この食べかけのオムライスを見てよ。ど真ん中をえぐり取る食べ方はいかにもステラちゃんぽい」

「本当だ!」


 ステラは悲鳴を上げそうになり、慌てて口を抑える。

 恐ろしい。あまりにも恐ろしい……。


「違う違う。あたしが二食分食べてたの。オムライスとシチューはどっちが美味しいかな~って」

「……あり得ない。食べすぎだよ」

「力士にでもなんのか?」

「はぁ、さっさと他探そう」

「イラッ……」


 言いたい放題のクラスメイト達は、ゾロゾロと去って行く。

 十分に遠ざかるのを確認してから、ステラはテーブルクロスの中からヒョコっと顔を出した。


「ふぅ……。バレずに済んだみたいですね」

「あいつ等が言ってたこと聞いた? ホント腹立つ!」

「対応ありがとうでした。あの……お礼にプリンあげます……よ?」


 ステラが唇を尖らせてプリンの皿を差し出すと、レイチェルに押し返される。


「小さい子からデザートを取り上げるわけないし! ってかさ、あいつ等を退学にしちゃえば良かったのに」

「うーん。そうもいかないです。マクスウェル家と付き合いの深い家の人もいますから」

「うわ~。メンドクサイやつだ。まぁそこはいいんだけど、あいつ等の態度は何なの? 前はあんなんじゃなかったよね」

「たぶん、私が作成したマジックアイテムの効果を引きずってしまってます。でも、治し方が分かんない!!」


 そうなのだ。今このテーブルを訪れたのは、10日前にブリックル先生と共にステラを襲撃したクラスメイト達。彼等はバニラ・ド・シルフィードを原料とするアイテムの影響をモロにくらってしまっている。

 停学中に”魅了”の効果は無くなるだろうとの予想に反し、復学してからも、ステラに付きまとう。それだけでもキツいのに、昨日は舎弟になると言われてしまった。


 お陰でステラは学校中に生徒達から好奇の目で見られるようになり、大変居心地悪い日々を送っている。


 問題のアイテム――”シルフのお色気香水”と名付けたのだが――は、マクスウェル家の庭に穴を掘って、埋めてしまった。今のステラに扱える代物ではないと判断したのだ。


「アジ君にも治せないの?」

「可能かどうかは知りませんが、面白がってますっ! それに、魅了状態のままにしておいた方が、私が学校で安全に暮らせるだろうとか言い出すし……。もっと真剣に考えてほしいですよっ」

「ふーん。アジ君てステラの安全を第一に考えてるよね。まぁさ、弾除けぐらいにはなるっしょ!」

「流石にそういう役割には出来ないです……。でも、あの人達に【アナライズ】を使用しても状態異常の表示がないし……。ほんとに何が何やらです」

「これはさー、いいチャンスじゃないかな。あいつ等を利用しない?」

「利用?」

「たとえば、ステラが作ってるアイテムをあいつ等にも売らせてみるとか!」

「むむぅ……」

「駅弁の販売みたいに、移動販売させてみるとかさ~、活用方法は色々あると思うんだよね。あいつ等も本望なんじゃない? 可愛いステラの為に働けるんだし!」


 とんでもない提案をしだしたレイチェルに、ステラは震える。

 なんと末恐ろしい少女なのだろうか……。

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