王女様の望むもの(SIDE エルシィ)

 午後の授業が始まっているというのに、エルシィの気はそぞろなままだ。


(ステラさん……。王家の紋章付きの首飾りをいきなり渡されて、どう思っているかしら?)


 薔薇園の入口でステラに会うまでは、渡すかどうか決めていなかった。

 登校してから美しい薔薇の花を眺めている間に、ステラが現れてしまい、彼女の頼りなさげな容姿に渡さずにいられなくなった。庇護欲をくすぐられたというのが正しいだろうか……。


 だけどあの時、彼女の反応を見ずに逃げてしまった。

 迷惑そうにされたら、自分が傷つくかもしれないと思ったかもしれない。

 こんなに悲観的になるのは、たぶんステラを友人にと望むからだ。


 この学校に入学してからというもの、生徒も教師も、エルシィに気を遣いすぎている。

 模擬戦等が良い例で、皆わざと負ける。

 先週の金曜日にはステラも同様に行動するだろうと想像していたのに、結果は違った。

 遠慮無く勝ちにきたのだ。しかも余裕を持って。


 週末は凹んだりもしたけど、徐々に良い出来事のように思えてきた。

 彼女の強さには何か秘密があるはずだ。勿論ペットであるドラゴンも不思議の塊であるし、彼女自体も魔法使いの枠を超えた能力を持っている。

 ステラに全力を出させてみたいし、彼女が抱えていそうな秘密を暴きたい。

 そのためには、距離を詰める必要があるだろう。


 チラリと前方にある彼女の席に視線を向け、眉根を寄せる。

 ステラが席に着いていない。

 というか、教室中を良く観察すると、生徒数が足りていないようだ。


(今は共通授業の時間なのに、どこへ行ってしまったの? ぼんやりしているうちに、何か大事なことを聞き洩らしたのかしら?)


 訝しく思っていると、生徒が一人、こちらを向いた。

 薄紫色の珍しい髪色に、大胆に改造した制服が印象的な生徒、レイチェル・ブラウンだ。

 ステラと仲が良かったと記憶しているが、何か用でもあるのだろうか?


 レイチェルはエルシィに対して、廊下を指さすジェスチャーをしてみせた後、おもむろに挙手した。


「センセイッ!」

「どうしたのかね? ブラウン君」

「お腹がメチャクチャ痛いので、医務室行きます! 王女様が付き添ってくれます!」

「ふむ。エルシィ様をわざわざ名指しする理由は――」

「行きますわ。クラス長として、体調不良の所為とを放置できませんもの」

「……エルシィ様がそれでよろしいのでしたら」


 レイチェルは教師の言葉が終わるのを待たず、椅子を蹴るような勢いで立ち上がると、そのまま教室を出た。

 元気そうにしか見えないので、うさん臭く思いながらも、彼女を追いかける。

 渡り廊下まで来たところで、急に彼女は走り出した。


「レイチェルさん、何故走りますの? お腹が痛いのではなくて?」

「ごめん! 嘘ついた! ステラが心配で、直ぐに探したいの!」

「……どういう事ですの?」


 レイチェルの腹痛が仮病なのは理解したが、そうまでして探さねばならない理由が分からない。エルシィがピンと来ていないのに気が付いたのか、レイチェルが説明を始めた。


「ステラはね、ブリックル先生に目を付けられていたの。もしかしたら、どこかに連れていかれたのかも……。心配だよ」

「ブリックル先生がステラさんに危害を加えると? あの方は教師なのだからあり得ませんわ」

「そんな決めつけ無駄だよ! だって、あの人はね、ステラが王女様に勝ったのが気に入らないからって、イチャモン付けてたんだから!」

「そんな事を……?」


 ステラの様な小さな生徒に対し、30過ぎの大人が悪意をぶつけるだなんて、にわかには信じられない。

 それに、ブリックルはエルシィに対してはこれ以上ないほどに親切なのだ。

 クラスメイトに対する態度もまともなので、普通の教師だと思っていた。

 だが、違うのだろうか?

 自分の目が節穴な所為で、”友人に”と考えていた少女が害されてしまうのだとしたら、やるせないにも程がある。


(私は人を見る目が無い……? いや、でもレイチェルさんの言葉を全て信じるのは愚かだわ。ちゃんと自分の目で確認しなければ……)


 二人で学校中を走り回ったものの、ステラどころか教室に居ない他の生徒も見つからず、ブリックルすら敷地内から消え失せてしまっているようだ。途方にくれそうな時、繁華街の方から爆音が聞こえてきた。


「この音……。魔法使い同士でバトルをしてるのかも!?」

「行ってみましょう!」

「そうしようか!」


 音を頼りに再び走り、百貨店の裏側まで来ると、小さな姿があった。

 ステラは迷子の様に道の真ん中に立ち尽くし、前方を見ていた。


「クソ!! 使えない奴等め! こうなったら、ビーストテイマーとしての真の力を見せつけるしかないようだな。出でよ!  私の可愛い『カン』!!」


 聞き苦しいがなり声を上げたのは、ブリックルだ。

 エルシィは唖然とした。レイチェルが言っていたことは正しかったらしい。ブリックルはステラを学校から連れ出し、こんな裏路地で戦闘している。

 エルシィは沸き上がる怒りで、ワナワナと震えた。


 ブリックルには何か罰を与えなければならないようだ。


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