意外な強敵(SIDE エルシィ)

 エルシィとステラは中央で向かい合う。

 二人の距離はおよそ5m。


 正面から彼女を見て、エルシィは少々動揺している。


 ステラは先程落としたトンガリ帽子を回収し損ねたのか、頭の装備が無い状態だ。

 しかも彼女の相棒であるピクシードラゴンもこの場にいない。

 丸腰な相手を蹂躙する罪悪感に耐えられるだろうか?


 それに彼女の無垢な容姿もエルシィのメンタルに悪影響を与えている。

 アチラコチラに跳ねた金髪とスミレ色の瞳。ふっくらとした頬がとても可愛らしい……。

 近くでみる目元が、誰かに似ているような気がするのも引っかかる。


(いけない。こんな事では戦えなくなってしまう!)


 深く息を吸い、腰に下げたレイピアを引き抜く。

 ビシリと構えてみせても、ステラは顔色一つ変えない――というか無表情だ。


(調子狂うわね)


 さっさと終わらせてしまいたくなり、観客席に立つブリックルに視線を送る。

 彼は軽く頷いた後、ホイッスルを鳴らした。


「それではカウントを始めます! 10、9、8……」


 集中力を高めながら、風の【攻撃魔法】の一つ、【疾風】を手の平の上に巻き起こし、アビリティ【属性付与】を使用して自らの身体とレイピアに風をまとわせる。

 自分の素早さを利用し、すぐにケリをつけたい。


「3、2、1、始め!!」


 ホイッスルの合図と同時に、【瞬間接近】を使う。一瞬でステラの横に移動し、自らの足でそのか弱い脚を払った。


(軽い!?)


 地面に倒れ込むはずのステラは、フワリと空中に浮き上がり、ポイン、ポインと地面を跳ねた。

 その人外染みた動きにピンときて、レイピアで彼女の胴体をひと思いに突き刺す。

 ステラだった物はバチンと弾け、ゴムの残骸が地面に落ちる。

 これは、ステラが売店で売っていた“身代わりバルーン”というマジックアイテムだと記憶している。


(完全に騙された……。一体何時入れ替わってたのよ)


 機会があったとするなら、恐らく彼女が闘技場の中に踏み入った時だろう。あの時、エルシィは彼女の相棒の姿を探す為、ステラから一度目を離してしまっていたのだ。


 彼女の小賢こざかしさに腹が立つ。


(あの子、思ったよりも戦い慣れているわね)


 気がつけば、足元の芝が異様に成長していた。ステラが何かしたのかもしれない。

 それをレイピアで刈りつつ、小柄な少女を探す。


 3分程芝を相手にしただろうか。

 闘技場のどこにもステラの姿が見えず、時間ばかりが無駄に経過する。


「そろそろ出て来なさい! 一体何処にいますの!?」


 次第に焦れてきて、【疾風】で、四方八方に風の刃を飛ばすと、ちぎれた芝から液体が飛び散った。それが顔にかかると何故か少しピリピリする。


(フィールドに彼女の姿が見えない……。とすれば上空にいるとか?)


 その予想は半分正解だった。

 見上げた空に、小さなドラゴンが居た。それは闘技場の真上で悠々と旋回し、エルシィを見下ろしていた。


(模擬戦が終わるまで空に居る気?)


 否。これは恐らく考えがあってのことだろう。あのドラゴンは何かエルシィにとって不利な行動をしているに違いない。

 

(見えない者を必死に探すより、ドラゴンを始末する方が確実かもしれないわね)


 ペットというのは、通常飼い主よりも弱いものだ。

 さっさと撃ち落とし、ステラの捜索に時間を使うべきだろう。


 エルシィは一瞬でドラゴンの側面に移動し、その小さなボディに回し蹴りを入れる。

 ギィンと、硬質な音が鳴った。

 ドラゴンが【防御魔法】を使用し、シールドを張っているようだ。


「お主のSTR値では、【身体強化】を使用しないと、儂にかすり傷一つ負わせられんぞ」

「ペットに堕ちる程度の下等なモンスターふぜいが、パラメータを理解しているだなんて、驚きですわ」

「ヒト属が使う【分析魔法】をたいそう高度な情報だと思い込んでおるようだな」

「生意気なペットだわ。思い知らせてあげる。【身体強化】!」


 エルシィは湧き上がる力を感じながら、剣技を繰り出す。

 ドラゴンが張るシールドは数度の攻撃により壊れ、連撃で心臓を狙った……が、彼の身体はクルリと傾き、レイピアが空を切る。


「すばしっこいわね」


 【瞬間接近】で、ドラゴンよりも僅か上空に移動し、落下にまかせてその片翼をレイピアで突き刺した。

 

「お主のスピードはなかなかのものだな。翼に風穴を開け、儂を地べたに落とすつもりか」

「ええ……。でも不思議ね。飛行に何ら問題はないみたいですわ」

「知らんのか? 儂程のドラゴンは、翼を使わずとも飛べるのだ。さて、そろそろステラが動く頃合いだな」

「ステラが動く……?」


 姿を見せない少女に何が出来るというのだろう。

 不思議に思っていると、ビリリと、腕に痺れが走った。腕だけじゃない。足や、顔も痙攣する。


「これ……は……」


 呂律がうまく回らない。

 それどころか、レイピアを持つ手が痙攣し、つるりと抜け落ちていった。

 落下する剣を見送る間に、自らの手足に何かが巻き付く感触があり、ヒヤリとする。


「何ですのこれ!?」


 手首と足首に縄が――いや、長く成長した植物のツルが巻き付いていた。この根本は真下。つまりこの行為を行っている人物はステラだけに絞られる。


「ステラさんっ!?」

「【疾ッ風ー】!! 王女様を振り回しちゃえです~!」


 可愛らしい声が微かに聞こえたかと思えば、自身の身体が反時計回りにグンッと振られる。


「ッ!?」


 横に、縦に、斜めに……。

 その速度はどんどん上がり、遊園地の下手なアトラクションよりも酷い恐怖を味わわされる。

 痺れる手では植物をちぎり切ることも叶わず、エルシィはあまりの気持ち悪さに吐き気を覚える。


「やめっ……。やめてちょうだい! 助けてー!!!」


 プライドを捨て、助けを求めれば、唐突に手足を縛るものがなくなり、身体が宙に放り出されるのを感じる。

 落下寸前の謎の浮遊感に、一瞬、時が止まったような感覚に陥る。


「いや……。死にたくない」


 この高さで落ちたなら、ただでは済まないだろう。

 そう思われたのだが、酷い急降下ののち、硬い地面に打ちつけられる事はなかった。

 代わりに、闘技場の柵を越える程に成長した芝にドフッと受け止められる。

 痛みは全く無い。


「どうして……」


 何故こんな目にあっているのかと、回りの悪くなった頭で考えるが、答えが出ない。

 そうしているうちに、何者かがワサワサと芝を掻き分け、こちらに近付いて来た。


「【効能倍加】がバッチリ効いてますね」


 眼球を動かし、声の方を見ると、満面の笑みを浮かべるステラが居た。


「効能……倍……?」

「私は来週からも売店係でいいですよね!?」

「約束は……まも……か……ら」


 返事をしている最中に、エルシィの意識は遠のいていった。

 


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