元売店係への違和感(SIDE エルシィ)

 エルシィ・ブロウは観覧席に座る少女を観察する。

 純白の制服に同色のトンガリ帽子を合わせた彼女は、小さなドラゴンをしっかり抱きしめ、俯いている。

 その姿はまるで、エルシィとの戦いに怯えているかのよう。


 しかし次の瞬間、目を疑う。

 視界の中のステラがカクンと身体を揺らしたかと思うと、その弾みにトンガリ帽子が転がり落ち、赤みがかった金髪が露わになった。


(あの子、居眠りしていたの!? 模擬戦直前なのに!)


 唖然とするエルシィを他所に、ステラは目を覚まし、座ったまま帽子に手を伸ばす。だが、リーチの短さから上手くいかない。

 そのうち拾うのを諦めたようで、ベンチの上に丸くなってしまった。


「信じられませんわ!」

「……エルシィ様、どうされました?」


 隣に座る付き人が大粒の汗を流しながら首を傾げる。

 この者はステラの行動を見て、何とも思わないんだろうか?

 問いただしたくなるけれど、彼には優先すべき事がある。


「何でもないわ! それより、ステラさんのステータス分析は終わりましたの?」

「もう少しで終わります……」


 付き人はさっきから分析魔法の一種【エスティメート】をステラにかけ続けている。

 【アナライズ】の下位互換ともいえるこの魔法はMP消費量が固定ではない。対象者のレベルが高い程に、そして習得困難なアビリティを持つほどに、抜き取られるMP量は無限に増えていく。

 奇妙なことに、付き人の疲労度合いは尋常ではない。


(何をそんなに苦労しているのかしら? まるで私を差し置いて、今現在、彼がステラさんと戦闘しているみたいじゃない)


 付き人に分析魔法を使わせているのにはわけがある。


 エルシィはこの学校に入学して早々に、全生徒のステータス情報を魔法省の者に調べさせた。

 有能な者に目をつけておいて、自分の手駒とするためだ。

 今回の模擬戦はそれを元に戦略を立てようと考えていたのだが、数値を眺めているうちにステラの情報に違和感を覚えた。

 STR値とDEX値があまりにも低すぎる。


 確かに、ステラは小柄で筋肉なんてほとんど無さそうに見える。

 だとしても、その二つの数値が一桁というのは、日常生活に支障をきたしそうなレベルだ。


 教科書を詰めた鞄を持って通学したならSTRは二桁いきそうに思えるし、アイテムの作成が上手いならDEX値は三桁程度あるのが普通ではないか。

 どこかでミスがあり、正しい情報になっていない恐れがあるため、付き人に自分の目の前で分析魔法を使ってみてもらうことにした。


「絶対何かあるはずなのよね。彼女はマクスウェルの人間なのだから」

「完了……しました……」


 差し出された自動筆記帳を受け取り、目を見開く。


「貴方、真面目にやりましたの!?」

「申し訳ございません……」


 はしたなくも舌打ちしたくなる。

 手帳に記されたステラのステータスがあまりにもグチャグチャなのだ。



【ジョブ】魔法使い L v24

【サポートジョブ】ナシ

【パラメータ】 STR:0に近い DEX:0に近い(解析不能) VIT:約20(+?) AGI:約50 INT:約200(+?) MND:約250(+?) HP:850 MP:30,000程度(解析不能)

【アビリティ】攻撃魔法Ⅱ、治癒魔法Ⅲ、防御魔法Ⅲ、生産魔法Ⅴ、分析魔法Ⅴ


「エラーだらけですわ!」

「本当にすいません……。僕にはそれが限界です。MP値の読み取りにこだわっているうちに、僕自身のMPが底をつきそうになってしまいました。そんなこんなで、他のデータの解析は十分ではないです!」

「貴方が執着したステラさんのMP値も一桁間違っているじゃないの!」

「すみません! すみません!」


 エルシィはやや乱暴に手帳を付き人に突っ返した。

 代わりに自分の手帳を開き、魔法省の役人から貰ったデータを見る。


(改めて考えてみると、サポートジョブを習得していないのも変なのよ。だってステラさんが毎日連れているドラゴンは、彼女のペットのはず……普通サポートジョブは“テイマー”になるのでは?)


 ジョブというのは、普段の行動によって決まるものだ。


 だから、もし彼女が魔法のみを鍛えているのであれば、サポートジョブは付かないだろう。

 しかし、ステラの場合、アイテムの製作、販売、ペットの操作など活動の種類が多い。

 何かがサポートジョブになっていないのは、逆に違和感がある。


(チグハグな気がするのよね……)


 そうこうしているウチに、エルシィとステラの順番が来てしまった。


「エルシィ様とマクスウェル。闘技場へ。……って、マクスウェル!? 寝ているのか!?」


 ブリックルはようやくステラが寝こけているのに気がついたらしい。

 顔を真っ赤にして彼女の元に駆けより、首根っこを捕まえて、立ち上がらせる。

 扱いが猫に対するそれだ。


(イラっとするわね。何を触ったか分からない手であの子の首にベタベタと触れるだなんて)


 苛立ちの理由に内心首を傾げながら闘技場の中央に進み出る。


 クラスの生徒達の反応は二分されている。エルシィに声援を送る者と、醒めた視線で観察する者。

 それぞれの態度には理由があるのだろうが、自分が彼等に見せつけるのは“勝利”のみ。

 

(たとえマクスウェルの者だとしても、負けはしないわ)


 ステラがノロノロとした足取りで闘技場の中に入って来た。


 その小さな姿を真っ直ぐに見て、一つ気がつく。

 先程彼女と一緒に居眠りしていたドラゴンが何故か消えている。

 周囲を見回してみても、どこにもおらず、少しだけ嫌な予感がした。


(一人だけで戦いたいという事なのかしら?)


 モンスターを手懐けるのは、かなり難しく、時間がかかるものだ。

 だから、この学校においてペット保持者の実力はペット込みで評価されることになっている。

 エルシィとしても、その事情は知っているので、ステラのペットも許容しようと思っていた。しかし、連れていないのはどういうことなのか。


 ペットという存在はえてして、その主人よりもずっと弱い存在であるが、居ると居ないでは大違い。

 ステラの判断が愚かに思える。

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