こもれびシャッター
RinG
第1葉 カメラを買いに
ここは友里野女学園写真部の部室。いつものようにたわいもない話をし続けている。そんな部員たちです。
「こんにちは!私は友里野女学園写真部平部員の木下桃華(きのしたももか)です!これから始まるのは私たち写真部の日常です!ささっ!とりあえず1枚。はいっぴぃす!」
桃色の高く二つに結んだ髪をなびかせながらその小さな両手に一眼レフカメラを持ちファインダーを覗きひとつシャッターを切る。
「おーい、ももっちぃだれにいってるのー?」
そう青い短く切りそろえた髪を顔と一緒に倒し目を細めながら問いかけるのはまたも平部員の滝川青葉(たきがわあおば)である。桃華はにへへと笑いながらそのカメラを青葉に向けまたひとつシャッターを切りとても満足気だ。
「ぬぁ!不意をつくとは卑怯なりぃ!!」
青葉も負けじと桃華をその手に持つインスタントカメラでシャッターを切る。その攻防は数回に及びカチカチという音が部室に響き渡る。
先に根をあげたのは青葉だ。
「いや、ももっち!痛いから!!こっちは一回一回カチカチしなくちゃだから!手剥けたらどうすんの!?責任取れるの!?」
どこにも向けようのない怒りは桃華は向かいその表情を青ざめた。
「えぇー!知らないよぉ。てか青葉ちゃんも買おうよ?カメラ!」
桃華は口元を強く尖らせた。
それは所謂"3の口"である。
「そうね。まぁ一眼とは言わなくてもインスタント以外も持っていたほうがいいわね」
笑顔を見せながら相槌を打つのはひとつ上の写真部部長の世良黒蜜(せらくろみ)であった。その綺麗な黒い髪を後ろでひとつ結いながら目を瞑るその姿はまさに絵になるの一言。
「くろみんー明日休みだから一緒に見に行ってくだされぇ」
青葉は軽くお辞儀しながら頭の上で手を合わせる。
「くろみ先輩。でしょ?」
黒蜜はそういうとツンと目を瞑り上を向く。
「そうでした。そうでした。くろみん先輩ぃお願いしますよー。」
青葉はまた先と同じポーズを取る。
「くろみん、、まぁいいでしょう。桃華ちゃんもいく?」
一瞬ふに落ちないかのような表情を浮かべその顔をまた笑顔に戻す。その笑顔は呆れの文字がみてとれた。
「行きます!くろみ先輩!行きたいです!」
その言葉を待ってました!と言わんばかりの食い気味な桃華は前のめりになりそのまま青葉に抱きつく。そしてまたもにへへと口を緩ませた。
その時部室のドアがガラガラと音を立てて開いた。そこにはいってきたのはひとつ下の写真部平部員、真鍋お茶子(まなべおちゃこ)だ。
「先輩たちなんか面白そうな話してるのですー!?」
その肩にようやくつく程の茶髪を手で絡めながら勢いよく入ってくる。
「はっはっはー。聞いて驚けちちこ殿遂に私もカメラを買うのだよぉ。はい拍手ー!」
拍手をしているのは言うまでもなく青葉だけである。
「誰ですかその下品なお名前は!?貧乳はステータスです!お茶子の名前はおちゃこなのですー!」
お茶子は頬を赤らめ青葉を睨みつける。しかしその表情は怒りというような感情だとは思えなかった。
青葉はというと何も気にしていないかのように部室に置いてあるアルバムをペラペラとめくっていた。お茶子に対して「へいへい」と片手をヒラヒラとさせて見せるだけ。この一件を見ただけで今までのお茶子の苦労が垣間見える。
「ちち、お茶子ちゃんもいくー?明日なんだけど」
間を持つように苦笑しつつ桃華は提案を口にする。
「いきますですー!、、ってこのお茶子、もも先輩が名前間違えそうになったの見逃してないなのですよー?」
お茶子がひとつため息をつくと桃華はでへへーと頭をかく。それについては(もも先輩も抜けてるところがあるからなー)と慈愛の心で受け止めた。
「面白そうな、、話。」
お茶子の背後から顔を出すのはひとつ上の写真部副部長、笹目みどり(ささめみどり)。物静かな口数の少ない人だ。でも仕事は黙々とやるしとても優しく良き先輩の一人だった。
「どぅあ!みどり先輩ぃ!いきなり背後に現れないでくださいなのです」
お茶子は驚きぴよんっと前へ跳ねる。
「ずっと、いた」
驚愕の目を向けるお茶子に対しみどりはストンだと短く答える。
しかしお茶子が教室を出るタイミングから同時に部室に来ていたということはみどりの胸の奥へと仕舞い込んだ。(だって声掛けるの恥ずかしいし)と思っているだけなのだ。
本当はみどりも後輩たちと大きく笑って騒ぎたいのである。
「ワハハハ。みどりんは背は高いし胸も部で一番なのに存在感が無いからなぁ」
アルバムを閉じるとなんの気無しに発した青葉の言葉はそんな自分を変えたいと思う緑の心を深くえぐる。
「ちょ、青葉ちゃん!?」
ん?と青葉が桃華に聞き返すが時すでに遅し。もうみどりは泣きそうな顔になっていた。
「そんなことないわよみどり。あなたがいなければ写真部の存続は難しかったわ!」
黒蜜は一度青葉を鋭く睨み直ぐに駆け寄りみどりを慰める。
青葉は流石に黒蜜の怒りの感情には気づきヒューと下手な口笛で隙間風を演じていた。
「黒蜜先輩、、まずは泣きそうなみどり先輩の写真撮るのをやめましょう?」
本当の所この場を一番楽しんでいるのは黒蜜なのはナイショである。
「だ、だってこんなに可愛いんですもの。泣いてるみどり」
いや、ナイショに出来るわけはない。黒蜜のその不敵な笑みは更にみどりの動揺を誘う。
「な、ない、、て、ないもん!」
しかし止めに入った埼玉にみどりの姿をみて確かに可愛いかもと思ってしまう桃華であった。
「それではももっち。私最後のシャッターを押しに参るよぉ」
みどりは泣き止み、いや本人には泣いてないもんと言われそうではあるが。席に座っていた桃華の腕を持ち上げる声は青葉だ。
「え?なになに!?どこつれていくのー!?」
桃華は青葉に腕を引っ張られるままに校舎を駆け巡る。
(場所教えてくれれば自分で歩いて行くよ〜)
疲れている桃華にはお構いなしに青葉はその足を早め着いた先は今は使われていない空き教室。
「はぁはぁ、あお、はぁ、青葉ちゃん?」
桃華は青葉に問いかける。すると青葉は桃華の目をじっと見つめ笑いかけた。
「青葉ちゃん、、?」
桃華は戸惑いながらもぎこちなく笑い返す。
「私ねここの教室好きなんだ。」
「え?このなにも使われてない教室?」
「そう、使われてないからこそここには時間の流れを感じることができるの」
桃華は意味がわからないというように首を傾けた。それを見た青葉は手に持つインスタントカメラを埃の被った机に向けてシャッターを切った。
「ここを見て」と青葉は言うと机を指差す。その先には『田沼マジだるい』という言葉がかかれている。
「え?これ数学の田沼先生への悪口!?」
桃華は目を丸くして青葉を見つめる。
「にししし!ここが使われてたのは3年前。少なくとも3年以上前の悪口なのだよももっちぃ。」
その薄れゆく文字をみて元気に笑う青葉。そして桃華は気づく。
(そっか!青葉ちゃんは時間が止まったように感じられるこの教室で過去の退屈な授業という時間を感じ取っているんだね!やっぱりすごいよ青葉ちゃん!)
尊敬の眼差しを青葉に向けているとそれに気づいたのか口を開く。
「そんなに前も今もよく思われてないのかと思うとにやけが止まらないよぉももっちぃ」
そうケラケラと笑う。
(本当に、そこまで考えてた、、のかな?)
桃華は買いかぶっていたのかと思うと苦笑いが止まらなかった。
というところで1日の終わりを告げる下校のチャイムが教室をこだまする。
「もうこんな時間かぁ。ささ、ももっち帰ろう?」
その言葉と共に2人は部室へと歩みを進めた。部室に着く頃にはもう皆の姿はなく机には『明日は9時に駅前集合でお願いします。遅刻は厳禁。特に青葉先輩』という文字が色濃く刻まれていた。
「この落書きも3年以上残り続けるのかな?」
「そんなことはこの青葉が許さないなのですぅ!」
そういうと鼻息を荒くして消しゴムを手に取り擦り始める。その様を微笑ましく見守る桃華の額に汗がにじむ。
「青葉ちゃん、これボールペン、、」
「のぉぉおんん!おちゃこのやつぅぅ!てか文字では普通に喋れるのかい!」
夕暮れの道を2人で並んで帰る。その光景は一瞬のように影を残して消えていく。その後ろ姿には2人の時間が静かに流れていた。
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