艦隊転移(仮
八重垣みのる
第1話 予感
空母エンタープライズで機関長を務めるマイク・ファラデーは、現場の様子を見てまわっていた。運用開始前の各種試験には、全て合格しているはずだった。だが、新鋭艦よろしく、実際に航海が始まると、小さなトラブルは起きるものだった。
彼が設備の配線不具合箇所の補修作業の現場に近づくと、作業にあたっている部下二人の雑談が耳に入ってきた。
「知ってるか?」
這いつくばって、機器の下に頭をつっこんで作業をしている一人が、呟くように言った。
「オガサワラ諸島の近海は、ニッポンのバミューダトライアングルなんて言われてる海域があるらしい」
「なんだって?」
言われたほうは、作業の手を止めて聞き返した。
「なにが、バミューダなんだって?」
「通称ドラゴントライアングルさ」
言い出した彼は、機器の下から少し顔を出して続けた。
「聞いたことないか? バミューダ諸島よろしく、船舶や航空機が事故を起こしたり、行方不明になることが多いらしい。有名なのは、たしか……七〇年代の、ブラジル航空の貨物便だったかな?」
「おいおい、冗談もほどほどにしろって。この艦隊が、どうかなるとでも言いたいのか?」
「そう言うつもりではないけどさ。だが、万が一にも、ランゴリアーズみたいな化け物と会う羽目になるはごめんだけどな」
「今度はなんだそれ? ランゴリアーズ?」
「キングの小説さ」
どうやら、言い出した彼は、SFやオカルトに関心があるようだった。
「ああ、そうなのかい」言われたほうは興味なさげに答える。「『IT』や『シャイニング』は知ってるよ。でも、俺にとっちゃ読書も都市伝説の類も、縁遠い存在なんでね」
「SFは面白いぜ」
「そんなことより、仕事をさっさと終わらせよう。それに、俺たちが気にしなきゃいけないのは、海の怪異よりも中国の偵察機だ。きっと連中は、この演習の見学に来るぞ」
ファラデー機関長はそこまで聞いたところで、二人のすぐ傍まで静かに近づいた。
「さあ、お前たち!」
機関長の声に、作業していた二人はハッとした表情になった。
「こ、これは機関長! いかがしました?」
「雑談はほどほどにして、仕事に集中してくれたまえ」
「サー! 了解です」
ただ、ファラデー機関長は二人をきつく咎めるようなことはまではしなかった。演習とは言っても、航海は長いものだ。部下に常に緊張を強いていては、早々に気落ちさせてしまうことになるだろう、との考えを持っていたからだ。
「それで実際のところ、進捗はどうかな? 不具合の様子は?」
「単純な施工不良でした。おそらく振動で、少しずつ緩んでいたようです。配線の留め具を全部、緩み止めを塗って締め直してます。これで問題が起きることはありません」
「そうか、大事じゃなくてよかった。完了したら作業報告書を出しておいてくれ」
「了解です」
「これで艦長も、気を病むことなく航海ができそうだな」
「はい」
とにかく、機関長は問題が一つ解決したと分かり、満足そうにその場を後にしたのだった。
* * *
海上自衛隊の空母〈とさ〉の艦橋では、艦長の
「この空母〈とさ〉は、初の日米合同演習参加となるな」
「はい」
それから朝永艦長は飛行甲板に目を向けた。
基本的な設計はこれまでの〈いずも〉型護衛艦と同じく、ヘリ搭載型多用途護衛艦の外観をもって建造されたもので、素人目にはさほど大きな大きな変化はなかった。
だが設計当初から、F‐35Bの着発艦に対応するための耐熱装甲が施される甲板、日米共同設計の蒸気カタパルトやその他もろもろの装備など、細かなところに多くの差異があった。
「それで、」
艦長は近くにいた航海士に声をかけた。「予定海域の様子はどうだ?」
「最新の予報では、向こう一週間は穏やかな状態が続くとみられます」
「そうか……だが、海の天候は変わりやすい。気を引き締めてかかることにしよう」
「了解です」
朝永艦長は、そうしたそぶりを見せぬよう努めていたが、少しばかり緊張の面持ちでもあった。これまでにも護衛艦の艦長を務めたことはあったが、海上自衛隊初となる空母の艦長である。そして、艦隊を取りまとめる立場に立つのも初めてのことであった。
彼は深呼吸すると、今一度思案し、自分に言い聞かせた。
初めてなのは私だけではない……ここにいる全員が、空母艦隊というものを初めて経験するのだ。それになにも、実戦に赴くわけではない。これまで通りに振舞えば大丈夫だろう。
それから、出航前のことを思い出した。空母の中は隅々まで見てまわっていた。乗員は皆、きびきびと活気ある態度みせていて、文句なしに優秀なメンバー揃いだった。
* * *
空母〈エンタープライズ〉の艦長ジェイデン・フランクリンは
コンソールにも、部屋の壁面にも大小各種のモニターが置かれており、それぞれの艦艇のCICや通信室とリアルタイムでやり取りができるようになっていた。もちろん、海上自衛隊の空母〈とさ〉のCDCとも繋がっていた。
フランクリン艦長はCDC指揮官のソフィア・ジェルマンのところへ近づいていた。
「どうだね? 様子は?」
「これは艦長殿。ええ、各所との通信も問題ありません。目下、順調です」
「それは良かった」
だが、彼にしては珍しく、どことなく、なにか見落としはないだろうかと、不安を感じた。それから、一つ思い出した。
「そうだ。例の配線不備はどうなっている?」
「それでしたら、もうじき作業が終わるはずです」
「そうか」
「完了後に、ファラデー機関長から直接の報告が上がると思います」
「分かった。それならひとまず安心だ」
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