碧眼黒ウサギは巨銃を担ぐ

雨宮羽音

碧眼黒兎は巨銃を担ぐ

1.

──西暦20XX年。東京、渋谷。


その場所は太陽が沈み夜になっても活気を失わない若者の街。


大型ビルの各フロアに所狭しと店を構える飲食店や生活雑貨店。

ショーケースの中に煌びやかな衣服を飾った、通りに並ぶファッションショップ。

建物の外壁に備え付けられた宣伝広告用の大型モニター。


そのどれもが道路に面して並んでいる街灯と共に照明の役割を果たし、夜の暗闇に包まれるはずの渋谷の街を煌々こうこうと照らしていた。


大型モニターに映し出される宣伝広告が大音量の音声を垂れ流す。

辺りにはそのモニターから聞こえて来る明るい説明口調の音声と、それとは対称的に寂しく空を切る風の囁きだけが響いていた。


いつも通りの風景。

否、そこにあるのは明らかにいつもとは異なる風景だ。


誰一人として人間の居ない無機質な空間。いつもは人でごった返しているはずの渋谷には、今現在生命を感じさせる物は存在しなかった。


「グルルルル……」


ただ一つ。

大きなスクランブル交差点にただずみ喉を鳴らす怪物を除いては……。


長細い体躯に四足歩行をしているその見た目は、まるで蜥蜴とかげの様で爬虫類を彷彿とさせる。優に3メートルを超える巨体は全身を薄汚れた白い外殻に包まれ、手足には氷柱つららの如く冷たく鋭い鉤爪が並んでいた。


血走った瞳がギョロギョロと辺りを見回す。

唇が無い口元に並んだナイフにも似た牙は、怪物と呼称されるのも納得出来るだけの迫力があった。



人々はその怪物達の事を業魔ディスターバーと称する。

「達」という表現から察しが付く通り、目の前の怪物は業魔の中の一個体に過ぎなかった。


三年前。突如として世界に姿を現したこの生物は人間を襲い、現在に至るまで暴虐の限りを尽くして来た。


発生源は一切不明。しかし世界各地でその存在を確認されている。単一で行動するものから、徒党を組んで暴れ回るもの。その習性は様々で、同様にして姿形もまた多種多様であった。



人間は業魔に抗うべく、現代兵器に科学のすいを集めて武器を作りこれに対抗した。


その武器の中で一際ひときわ戦果を挙げる存在が今、渋谷で最も名の通る商業施設の屋上に身を潜めているのであった──。




「ドクター。こちら黒兎ブラックラビット。配置に着いた」


109と書かれた看板をぶら下げたビルの上で、凛とした少女の声が風に混じる。


円柱状に作られた建物の屋上。落下防止の柵が無いその場所のへり。そこから飛び出す様にして黒く細長い棒状の物が頭を覗かせていた。


突出した先端には15センチ四方のボックスの様な物が取り付けられている。ボックスの両端には小さいトゲが並び、所々にチーズを思わせる穴が空いていた。

まるで肉叩きの様なそのボックスの正体はマズルブレーキと呼ばれる代物だ。銃の先端に装着することで、発砲時に銃口から噴出する燃焼ガスを逆噴射させて反動を低減させる装置。


そう。つまり屋上から見えている物の正体は黒く長い銃身──。スナイパーライフルのバレルだったのだ。


「スコープ越しに対象を確認。距離、約1.5キロメートル……」


屋上の縁に置かれた巨大なスナイパーライフル。そのストックに肩を押し当てて寝そべる一人の少女が居た。

黒兎ブラックラビット。それが彼女のコードネームだ。


左耳に装着したイヤホンマイクに凛とした声で話しかける彼女は、黒と白の二色に染まっている。

漆黒を思わせる黒髪は耳よりも高い位置で括られていた。それが左右両方に一束ずつ、微かに赤い髪留めでまとめられてツインテールになっていた。乾いた風に流されて二つの束が宙をなびく。

黒い生地を紺色で縁取られた半袖のジャケット。デニム生地で作られたホットパンツも同様の配色だ。


そしてそれらの黒色から覗く病的なまでに白い肌。

顔にうなじ、腕に太腿。おおよそ武器を扱う者にしては露出が多過ぎると思える彼女の格好は、夜の闇に純白を浮かべて美しく輝いて見えた。


「こちらドクター。君のの調子はどうだい? 何か問題はありそうかい?」


少女のイヤホンマイクから男の声が響く。それは飄々ひょうひょうとしていて、どこか悪ふざけの入り混じった口調だった。


「…………」


少女は表情を変えず、しかし苛立ちを動作に現しながら自分の構えている狙撃銃を確認する。

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