2.
ハインドレッグ。
そう名付けられた世界に唯一無二の銃だ。
全長190センチメートルにも及ぶ、超大型スナイパーライフル。
アメリカ合衆国で開発されたバレットM82をモデルの根幹としている。フルオートからボルトアクションへの変更により構造を単純化。世界でも特別な合金素材を基に構成し、大型化に加えて使用者を限定したオリジナルカスタマイズを施す事で、高耐久のボディ且つ高威力の弾丸を発射可能な狙撃銃を完成させた。
装填されるのは.866口径。22.5ミリ弾というオーダーメイドのオリジナル弾薬。人間の顔と同程度の全長をもつそれは、個人武装用としては間違いなく世界最大級の大きさをもつ銃弾だ。
本来はアンチマテリアル──。すなわち対物兵器としてカテゴライズされるであろうこの銃は、完全にその使用先を対業魔と想定し開発された代物だった。
カスタムパーツを合わせた重量は25キロ程。本体を分解してコンパクトにする機構は無く、その重さと大きさから携行性は最悪である。とても人間が一人で扱えるようなスペックでは無い。
しかし、この銃を使用することを想定された人物にとって、それは特に問題と認識される程の事では無かった。
完全に
彼女のために生まれた武器だったが、彼女が気に入っていない点が一つだけあった。
それはハインドレッグと言う名前だった。
弾丸を撃ち出す事と、兎が後ろ足で地面を蹴る事をかけたらしい。
そもそも黒兎という呼び名が気に食わない彼女にとって、そのコードネームも銃の名前も共に
「ハインドレッグに異常は無い。問題なく狙撃に入れる」
一通り銃の調子を確かめた少女は語気を強くしてドクターに返事をする。
「あらら、何怒ってんの〜?」
「……怒ってなんか無い。今の私には、そんな感情を抱く心は無いもの」
そう反論する黒兎は確実に苛立ちを覚えていた。
彼女はその感覚を吹っ切る様に頭を左右に震わせる。
「それで、いつになったら狙撃の許可が下りるの? 何でか知らないけど、あの業魔は今居るポイントから動かない。絶好のチャンスは今しか無いと思うけど」
「さあねえ……。それを決めるのは僕じゃ無いからさ。上の考えていることなんて、ぜーんぜん分からないよ」
「……中間管理職って楽そうでいいわね」
「あっ、何それ酷くない? 僕だってちゃーんと仕事はしてるんだよ。本職は技術者で、君のオペレーターは副業なんだからね」
「じゃあさっさと本職のオペレーターを雇って変わりなさいよ。その方が私も仕事に集中できそう」
「えーっ。そしたら仕事中、僕とお喋り出来なくなっちゃうよ。それって寂しくない?」
「はぁ……」
黒兎は眉間にしわを寄せて呆れた様子で溜息をつく。
ドクターとの会話に嫌気がさして、彼女はスコープを片目で覗き込み業魔を捉えた。
1.5キロ先の交差点に動く人影はない。
変わりに動けなくなった者たちの姿が転がっていた。
黒い防護服に頭を覆うヘルメット。おそらく日本の治安維持部隊か何かだろう。業魔に対抗出来なかったのか、無惨に変わり果てた姿を空気に
彼らが弱かった訳ではない。業魔が強過ぎたのだ。
大小様々な種類が確認されている業魔だったが、大型の物になるほど凶暴で強靭になっていく。
スコープ越しでは実感が湧きづらいが、向こうにいるのは3メートルを超えた個体なのだ。もし目の前まで接近されてしまったら黒兎も抗うことは出来ないだろう。
「
突然ドクターが声を上げるのを聞いて、遠景に夢中になっていた黒兎は我に帰る。
彼女は黒い指抜きグローブを付けた手でライフルのグリップを握りしめた。大きなストックを小さな肩に当てがい、集中してスコープを覗く瞳に力が込められる。
黒と白に染まっていた黒兎だったが、その
「了解。……対象を捕捉。距離、風向き、風速よし。
スコープの中に映るレティクルが業魔から少し外れた場所に合わされる。
狙撃に必要な情報を計算し終えた黒兎は白くて細い指をトリガーに当てがった。
「一発で決めてね」
イヤホンマイクから聞こえるノイズには耳をかさない。
黒兎は一度だけ大きく酸素を吸い込み、そのまま息を止めた。
「……
碧眼黒ウサギは巨銃を担ぐ 雨宮羽音 @HaotoAmamiya
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