第37話 ~”早撃ち”の八重樫杏子、ついに我がボクシング部に乗り込む~
「それでは、第1回総会を開始いたします」
「…………」
「…………」
大きめの教室に集められた文化祭実行委員。
俺や五十嵐、そして輪島さんもその場に同席していた。
ああ、聞いてはいた。
「…………」
聞いてはいたんだよ、他校との提携開催だってことは。
その時にどこと提携するのかなんて俺は正直興味がなかったし、だからなんだとまで思っていた。
「おい、大橋……なんでアイツがいるんだよ……」
「俺が聞きてぇよ……」
「あらあら、お久しぶり~。元気してたかしら?」
「八重樫……久しぶり……じゃなくて、なんでここに!?」
「え、やだ大橋きゅん……! あたし実はこっちの実行委員長なの」
「実行委員長……まさか提携先がここだとは」
最速のサウスポー、八重樫杏子が現れるまでは――。
「それでは、聖ヴェントリック学院委員長の八重樫さんから、ご挨拶をお願いいたします」
眼鏡を掛けた細身の真面目そうな男が、ウチの委員長みたいだ。
彼が八重樫の名前を呼ぶと、彼女はモデル顔負けの細い脚を見せつけるように歩き出し、全員の前に立った。
「おい大橋ぃ~、ウチ聞いてねーよ」
「なんちゅうサプライズだ……」
「あの子、風音ちゃんのライバルだよね? インハイの時の」
そうか、輪島さんはあの時、話の渦中にあまりいなかった。
五十嵐にとってどれだけ因縁の相手かまでは知らないんだ。
「風音ちゃん顔こわ……」
輪島さんがドン引きするほど、五十嵐の顔は金剛力士像と瓜二つであった。
対する八重樫は堂々とした面構えで全員を見渡す。
「皆様、ごきげんよう。本日はお集りいただきありがとうございます。委員長の八重樫杏子と申します、以後よろしくお願いいたします」
華麗なる挨拶が終わり、拍手の音が響き渡る。
こいつ……しっかりお嬢様学校の女の子してやがる……!
そもそもあの学校にスポーツ特待やボクシング部があるのが不思議なくらい、お嬢様しか揃ってないんだが?
「八重樫さん、ありがとうございます。それでは早速議題に入ります……」
「…………」
結局、議題に入ってからの俺は完全に傍観者だった。
決定していく事項を認識するだけ。次からは少しくらい参加することにしよう。
「ねえねえ大橋きゅん。あたしの活躍っぷり見てくれた~?」
「あ、ああ……すごかったよ」
「や~ん!! 好き好き~付き合ってください!!」
「あ、ああ……」
周りの視線が痛い。
そして、五十嵐が俺のケツを非常に強い力でつねっている。
やめて、本当に痛いんよ。
会議が終わったあと、八重樫はパタパタと俺の座る端っこの席へ向かってきた。
そしてケツを振りながらキラキラとした目で話しかけてきたのだ。
「八重樫……他の人も見てるから……」
「あら~ごめんなさいね! じゃあ、続きはあ・と・で」
「はぁ……」
「お返事はまだゆっくりでもいいのよ?」
「いやスピードの問題ではなく……」
「大橋、てめぇぶっ殺すぞ」
「いや俺の責任ではなく……」
八重樫が踵を返し元の位置に戻っていくと同時に、後ろにいた五十嵐の圧力が迫ってくる。
八重樫は同校の生徒たちと今後の動きを話し合っている。
奥の席にいた輪島さんが不安げな表情でこちらへゆっくりと歩いてくる。
「ヴェントリック学院と聞いたからまさかとは思ったけど……まさかのまさかで八重樫さんが委員長とはね……」
輪島さんが苦笑を浮かべながらポツリと呟いた。
「ですねぇ……いや、これはアンラッキーだな」
「大橋、お前八重樫のヤローのことちょっといいとか思っちゃってる?」
「涙目やめろ五十嵐。八重樫に靡くことはないよ」
「べ、別にどうでもいいけどさ……」
五十嵐が永遠と俺のケツを引きちぎる勢いでつねってくる。
お前、練習や試合ですら見せないレベルの不安な顔すんなよ。
「まあ……風音ちゃんはちょっとやりづらいかもね……」
「試合以外で顔見たくねーっすよ……ったく……」
「胸中はさすがに察するわ」
試合をする相手とはある意味「殺し合い」をする気迫で迫るもんだ。
そもそも拳のぶつかり合いだし、ライバルともなるとさらに慣れあいをする関係でいるわけではいかない。
俺たちがコソコソと話しているうちに、八重樫一行は教室を出ていってしまった。
まさか、こんなところで再共演してしまうとはなぁ……。
「さぁて、練習しますわよ!」
「八重樫テメェ……なんで練習場の場所が分かったんだよ」
「ここの教師に聞いたのよ。実行委員の仕事ついでに出稽古するのも悪くないと思ってね」
「なんでテメェと仲良く練習しなきゃならねぇんだよ……」
会議後、俺と五十嵐と輪島さんは練習場に向かい、長谷川さんソフィの2人と合流した。
しかし、そこには先ほどまで会議をした教室にいたはずの八重樫がグローブを付けて待っていたのだ。
「八重樫……」
「大橋きゅん! 大橋きゅん! あたしも練習混ぜて?」
「いや、俺は別にいいんだけどさ……」
「おい大橋!」
実際俺はいいんだけどさ……他の女子たちが見るからに不服そうな顔をしている。
これはどうしたらいいんだ? 実際、八重樫レベルの選手が練習に来てくれたらかなり良い練習になると思うんだが。
八重樫ほど手数が多くスピードのある選手はウチにはいない、実際ウチで一番強い五十嵐でさえ敗北しているわけで、彼女とのスパーリングに慣れたら大抵の選手には勝てるんじゃないかと思うくらいだ。
あのスピードと、ボクシングにしては異様に低いガードの位置。まるで「突き」のようなストレート。
個人的に彼女の戦い方や能力には興味がある。これはいい機会だ……。
「八重樫は正直かなりハイレベルな選手だ。これはいい成長機会だと思うことにしないか?」
恐る恐る我が部員たちに提案する。
「まあ……たしかに八重樫さんと練習したら得られるものはあるよねぇ……」
輪島さんがポツリと呟く。
五十嵐は不服そうな顔のままである。
「五十嵐、お前次第だよ、正直」
「…………」
五十嵐の肩に手を置き、目を見つめる。
目を合わせない五十嵐は、うーん……と唸ったあと、溜息を付いた。
「しゃーなし。いいよ、やろう」
「五十嵐、大人になったな」
「うるせぇな! おい八重樫! お前大橋きゅん……とか言ってたらボコすからな!」
「あらぁ? 贅肉ギャルちゃん? あたしに勝ったことないのに?」
「殺す! 殺させてくれ!!」
本当に大丈夫かしら。
「まあまあ風音ちゃん。この期間だけはノーサイドでいこうよ……」
「ま、まあ……部長が言うならもういいっすよ」
「ありがとうね、風音ちゃん」
「はぁ……」
八重樫は満足そうに微笑むと、肩を回しながらリングへと向かって歩く。
「八重樫、お前も手の内を俺らに晒すことになるけど大丈夫か?」
「あら大橋きゅん」
八重樫はリングに上がるとワンツー、と素早くシャドーをしたあと、俺らを見て不敵に笑う。
「……あたしが手の内見せたところで、誰も勝てないわよ?」
「…………」
全員の目の色が変わった――。
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