部活帰りくっちゃべ日記
隣の客がよく食う柿
第1話 ことわざ
「お疲れ~」
日が落ち、街灯と月明かりが道路を照らす頃、疲れていながらもどこかエネルギーを感じる声が響いた。それに呼応するように、同じような声が往復していく。
「つかれた~」「今日もきつかったねぇ」
伸び始めた坊主頭をかきながら、自転車の前カゴに学校指定の鞄をねじ込み、部活動エナメルバッグを荷台に縛り付ける。雑に扱っているせいで前カゴは少し曲がっている。自転車にまたがり、校門をくぐる彼ら3人は、高校球児である。強豪校でもなければ、弱小校というほどでもないどっちつかずな高校の。しかも、補欠。なんとも格好のつかない3人組である。
やけにやる気のある顧問、鼻につくレギュラー陣、上手くプレーできない自分。なんとなく沈んでしまう練習を終え、校門をくぐり家に帰るまでの20分ほど。学校にも、家にも開放されたこの時間に取り留めのない話をするのが彼らのリフレッシュなのだ。不可侵領域。彼らだけの時間だ。
自転車をこきながら初めに話を切り出すのは、決まってゴミオカである。
「すごい語呂のいい言葉を思いついてしまった」
これに初めに応えるは決まってセンダである。
「一応聞こう」
「『飛んで火にいる夏の虫』とかいう名言があるじゃん」
「名言じゃなくて、ことわざだけどな」
「『飛んで火にいる土瓶蒸し』ってどうよ」
「語呂はあってるけど、どういう状況。直火で作るのかな!?つーか飛んでってなんだよ、土瓶蒸しが飛んで来たらもう妖怪だよ!妖怪フライング土瓶蒸しだよ!」
「…『犬も歩けば横たわる』」
「歩け!前提条件満たしてないよ!歩けば!歩けば!どうなるのかって待ったら横たわっちゃたよ!妖怪歩かないでよこたわーる犬だよ!」
「……『馬の耳にせんべつ』」
「馬の耳に!?なんてエキセントリックなせんべつの渡し方なんだ。耳にせんべつ突っ込まれる馬の身にもなってくれよ。それとも、馬にあげたのかなせんべつを!その馬の状態おかしすぎるな、妖怪耳からせんべつホースだよ!」
「後味が悪い!」
「後味!これはもう…えっ」
「後味が悪い!途中まではぼちぼち良いツッコミなのにラストがカスすぎる。なんだよ妖怪歩かないでよこたわーる犬とか、妖怪耳からせんべつホースって。新種のだっせぇ名前の妖怪量産すな!あと、犬は犬なのに馬はホースって気持ち悪いわ!統一しろ、せめて」
「センダは、最初はいいんだけど、話してると気持ちよくなって、変な色だしてくるよね」
このなんとなく悟っているのは、タイチョーとみんなに呼ばれている男だ。
「なんて、冷静な分析…くっ、さては、妖怪よく見テールコマンダーだなてめぇ」
「こりないねぇ、けど、リーダーとかキャプテンじゃなくて、コマンダーって選んだのはいいと思うよ」
「ありがとサウザンド。昨日ちょうど、コ○ンドー見てたから」
「センダよぉ~、この後味の悪さどうにかしようぜ、もったいねえよ、せっかく前半はいいのに」
赤信号で止まり、まえかごに持たれる3人。
「あっ、あの車に乗ってる人押野センセーに似てるねぇ」
「タイチョー、今センダ育成計画を練ってるのに…、確かに似てるな」
押野センセーは、彼らの学校の数学の先生だ。
「押野はなぁ〜、見た目あんなに面白そうなのにつまんないからなぁ」
「2mのひょろ長体型とギョロっとした目、オモシロビジュアルからお経みたいな授業するからな〜」
青信号に変わり、たちこぎでペダルを踏む3人。
「テンポがね、『え〜、これはこうでね、こうなってね。こうなんですよ〜』って変わんないのが退屈だよね」
「おっ、タイチョーものまね上手じゃん」
「妖怪ものまねコマンダーだったか」
「もういいよ!妖怪から離れろ!あと、さっきコマンダーの部分褒められたからって繰り返し使うな!」
「バレたか…」
「コマンダーってつければいいってわけじゃないんだよなぁ」
「すいまセンダ」
「なんだそのハンパなギャグは!あと、さっきのありがとサウザンドってなんだよ。よく分からなすぎて流しちゃったよ。センダのセンのサウザンドね。そういう応用は後でやれよ!すいまセンダの後だろ!妖怪クソ寒ギャグ応用先出しマンか!」
「ゴミオカもセンダにひっぱられて、妖怪作っちゃったね」
「ツッコミってなんかいいわ。センダが調子乗る理由も分かるもんよ」
「ありがとサウザンド」
「どういたしましてオカ」
「それは無理あるんじゃないかなぁ」
「ゴミオカでギャグは作れんて。おとんおかん、ギャグには向かん名字だけど、僕は気に入ってます」
「センダでギャグは作りやすいです。お父様お母様、誇りの名字です」
「いい子ぶるなよセンダ。お前はオヤジお袋呼びだったろ」
「『噂をすれば影で刺す』」
「急だ「影でじゃなくても影がね。影で刺すってどういうことよ。たまたま自分の陰口聞いてカッとなったのかな。でとっさに取ったのが影だったと」
タイチョーの瞬発力が光る。
「タイチョーおれのツッコミ取らな「鬼と陰謀」
「陰謀。まさかあの武闘派の鬼に陰謀を図る頭脳派がいたとは。鬼も学歴社会。やはりこれからはインテリが主流か」
「ちょ「知らぬがホタテ」
「知らないと穏やかでいられるよね。そう、ホタテみたいに」
「いいかげ「不幸中の災い」
「それ、『泣きっ面に蜂』じゃない」
「無視せんでくれよ!タイチョーは最後のツッコミからマジレスになってるし。おれもセンダに従って妖怪出したのにタイチョーは出さないしの、なんかずっこいよ」
「いやぁ、ない方が面白いかなって」
「確かに」
「センダ!お前が始めたんだろ」
「まぁまぁ、『3人寄れば文殊の知恵』ってね、またね」
いつの間にか3人が別れる十字路に着いていた。
「センダ、知ってることわざ使いたいだけだろ、まぁいいや、敬礼」
タイチョーの渾身の敬礼。
「じゃーねタイチョー、いやコマンダー」
センダとゴミオカも敬礼で返す。
「お疲れサウザンド」
「もういいよ」
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