第259話 武田本格的な侵攻を開始する

- 1539年(天文8年)11月 -

- 陸奥(福島、宮城、岩手、青森、秋田北東部) 桑折西山城-


 南陸奥での武田軍による嫌がらせは、一時は伊達稙宗の居城である桑折西山城の麓まで及び、伊達家の面子を大いに潰す事に成功した。

 そして伊達稙宗の信用失墜にいち早く反応したのが陸奥北部を拠点とする南部安信だ。南部安信は僅かではあるが食糧支援をちらつかせ、伊達領北部の国人たちの調略を開始したのだ。


「南部め・・・」


 伊達稙宗は右手を腹に添えて呟く。この所、胃の辺りがシクシク痛む。


「殿!須賀川城が武田の総攻撃を受け陥落しました!」


 評定の間で評定を開いていた伊達稙宗のもとに軽装鎧の兵が駆け込んでくる。


「はぁ?どういうことだ!?弾正大弼はどうした」


 伊達稙宗は、娘婿である二階堂照行の居城が落とされたと聞いて驚く。


「伊達の荷駄隊を称する連中が城にやって来て、城内に入った途端暴れだし城門を破壊。破壊された門を通って武田軍が侵入し占拠。弾正大弼殿は行方不明です」


 伝令の報告に、伊達稙宗は唸る。もうすぐ雪が降る。そうなれば武田軍は自領に戻ると踏んでいたのだが、ここに来て城を占拠。武田軍が陸奥での橋頭堡を確保したことになる。


「今すぐ斥候を放て」


「はっ!」


 伊達稙宗の命令に末席にいた男が転がるように出ていく。


「出陣だ!ここより北の所領に早馬を出し出陣を要請しろ」


 続く伊達稙宗の言葉に、その場にいた全員が立ち上がり、足速に部屋を出ていった。



 -陸奥 二本松城-


 伊達家の居城である桑折西山城を兵1000人ほど率いて出陣した伊達稙宗は、途中で近隣からの兵を吸収し、兵を2500人にまで増やして二本松稙国の居城である二本松城に着陣した。


「此度は感謝しますぞ修理大夫殿」


「こちらこそ。目の前で武田よそものに闊歩されてはたまりませんからな」


 普段は険悪とまでは言わないまでも、仲が良いとは言えない伊達家と二本松家だが、武田軍が陸奥に侵出してきてからは、武田という外敵に対しては協力して立ち向かうという約定を結んでいたのだ。


「して、武田の動きは?」


「先日、後詰めらしい一団が荷駄を率いて須賀川城に入りましたぞ」


「武田の目的は、田畑を荒らすだけではなかったということか・・・」


 伊達稙宗は、案内された部屋の床に苛立ち気味にドカッと座る。須賀川城に運び込まれた荷駄というのが、冬に備えての食糧であることは間違いない。


「あと、武田が近隣の村々に食糧を配っているとの情報もありますな」


「本当か?」


 伊達稙宗は大きく目を広げて聞き返す。今年の凶作が、武田兵が田畑を荒らしたのが原因だが、支配下に置いた地域で手当てを始めているという。もしこの事が近隣の村に伝播したら厄介だ。

 なにしろこの夏以降、伊達家を筆頭に陸奥の国人衆は、武田軍の襲撃に対し、何の手当てもできていない。領主が外敵から領民を守ってくれるから、領民は対価として領主に作物や賦役を税として提供する。そしてそれさえ履行してくれるなら領主は誰でもいい。それは史実でも、尾張に侵攻してきた今川義元の陣中に地元の住民が酒を献上したというエピソードからも明らかである。


「本気の手当てなのか、我々を釣り出す餌なのか、本当にいやらしい手を使うの・・・」


「しかし無視する事も出来ますまい」


 伊達稙宗の呟きに二本松稙国はそう指摘する。


「申しあげます!二階堂弾正大弼殿が来られました!」


 ドタバタと足音を立てながら兵が駆け込んでくる。


「おお、無事だったか!直ぐにこちらへ案内せよ」


 城についてからも険しい顔しかしていなかった伊達稙宗の顔に少しだけ笑顔が戻る。


「義父殿。ご助力感謝します」


 随分とくたびれた様子の二階堂照行が伊達稙宗のいる部屋にやってくる。


「いや、無事で何より。で、敵将は?」


「城に乗り込んできたときに名乗ったのは、教来石景政なる者です」


 伊達稙宗の問いに、二階堂照行は顔を歪めて答える。武田と国境を接しているので、甲山の猛虎こと飯富虎昌。夜叉美濃こと原虎胤。千里眼こと小山田虎親。これに甘利虎泰を加えた「武田の四虎」と呼ばれる将がいるというのは噂で聞いたことがある。しかし、教来石景政なる名前は聞いた事がない。先陣を任されるのだからそれなりの将だろうが、二階堂照行にはそれが面白くないのだ。


「気持ちは察するが、仕掛けてこられた以上は相手が誰であれ撃退するのみぞ?」


 二階堂照行の気持ちを察した伊達稙宗と二本松稙国はそう言って慰めた。

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