第212話 中部で色々と囁き種を蒔く
1536年(天文5年)12月
「中部地方混乱大作戦」という割と身も蓋もない名前の作戦が開始された。近江(滋賀)を攻略した際に西国から集めてきた古々米やら鹵獲した兵糧。酒や塩といった物を中心に越前(岐阜北西部を含む福井嶺北)の敦賀から越後(新潟本州部分)へ。
播磨(兵庫南西部)の大輪田泊(兵庫津、兵庫島とも呼ばれていたが)、この度の大改修を経て兵庫湊と改められた湊から尾張(愛知西部)、駿河(静岡中部から北東部)といった地域に安い値段で売りさばかせる。
- 三人称 -
ー 尾張 津島湊 -
「しかし、何をどうやったらこんなに米が安く売れるんだい?」
米俵三俵分の値段で五俵の米俵を手に入れた尾張商人はホクホク顔で訪ねる。
「ああこれはな、近江の戦で六角が備蓄していた米だよ。何でも、毛利の米とは種類が違うようで、混ざると味が悪くなるらしい。だから六角の米が安く放出されたんだよ」
米を買いに来た尾張商人の問いに、男は豪快に笑って答える。
「ところで、斯波の当主が三河や遠江に対して軍を起こすって話は本当なのかい?」
一転、男は真顔になって尾張商人に聞く。
「何でまたそんなことを?」
尾張商人は訝しげに男を見る。
「遠江の奪還は斯波家の悲願だろ?今川家の当主と次弟が急死して後継を決めるために揉めている今が、絶好の好機だと思ってな」
男はきっぱりと断言する。
「え?ちょっと待ってくれ。今川の当主が?病死したって?」
「京では大騒ぎだぞ」
「も、もう少し詳しく」
尾張商人の顔色が変わった。
ー 越後 直江津 -
「あんた、越後守護代の長尾さまに縁はあるかい?近江で鹵獲した武器なんじゃが買わんか?」
そう言って男は直江の湊に居た地元の越後商人らしき男に声をかける。
「は?一応無いこともないが・・・武器を売りに来た?」
越後商人は目を丸くする。
「近江の六角が毛利に負けて大名としては滅亡したという話は知っておるか?」
男の問いに越後商人は「ああ」と返事を返す。
「毛利では兵士と農民を完全に分離する制度を導入していてな。新しく領地になった近江と越前西部の農民兵に鍬をとって農民になるか刀をとって兵士になるかの選択を迫ったんだよ」
「ほお・・・つまり鍬をとった領民がそれなりにいて、誰のモノでもない武器がたくさん集まったと?」
「そうだ。刀を鋳つぶして新しい武器を作るにしても手間がかかるからな。で、越後より北の国なら売ってもよいと毛利から許可が出た」
越後商人の問いに男は呵々と笑う。
「朝倉との戦は終わっていないのだろ?大丈夫なのか?」
「毛利は海からの支援攻撃が強烈だからな。朝倉に攻められても困らんそうだ。実際俺も、朝倉の兵士がゴミのように吹っ飛ばされたのを見たよ」
越後商人は更に目を大きく丸くする。
「で、武器は買うのか?買わないのか?長尾さまが上条さまにかなり苦戦したと聞いて武器を売りに来たのだが?」
男の言葉に越後商人の目が零れて落ちるんじゃないかというぐらい開かれる。
「え?もしかして、もう決着がついたのか?」
「いや、そうではないが・・・なぜ長尾さまに?」
「今上帝の即位式の後で長尾さまとうちの店とで、ちいーと縁ができての」
越後商人の男を見る目が値踏みするものに変わった。
- 駿河 富士山麓 善得院 -
夜半
「そこの素破・・・拙僧に何の用か」
目には隈。精気がこそげ落ちた顔の九英承菊が庭の隅、夜の深い闇が淀む場所を睨む。
「随分とやつれられましたな」
闇が淀む場所から世鬼煙蔵が姿を現す。
「欧仙殿のところで会うたな。毛利の素破だったとは・・・御屋形様の死因でも探りに来たか?」
九英承菊は深くため息をつく。
「今川殿の死因は病死であると聞いており、我らが調べた限りでは間違いないと確信しております」
世鬼煙蔵が自信満々に答える。
「すごいな・・・今川からの偽情報である可能性を考えないのか?」
「毛利では情報は精度より速度です。第一報は必ずどこかが間違っているという前提で動きます」
「情報が正確でも対応する時間がなければ意味がない」「偽情報でも対応する時間があれば何とかなる」というのが、彼らを束ねる畝方元近の基本方針だ。
「もっとも今回の件は、少し前に伊豆(静岡伊豆半島)韮山で奇病が発生しているという情報を手に入れ病気について調査していた過程で手に入れただけなのですが・・・」
世鬼煙蔵はにっこりと笑う。
「
世鬼煙蔵の言葉に九英承菊は頬を歪める。
「甲斐(山梨)の虎は、娘婿の見定めに栴岳承芳殿と玄広恵探殿を軍事にて競わせるだろうと、毛利軍部は予想しています」
「玄広恵探殿は正室の子ではないぞ?」
「武田の後ろ盾があると喧伝されたら、正当な血筋は霞む。何より目の前にぶら下がっているのは今川宗家の当主の座。玄広恵探殿は手段は選ばないと見ています」
一瞬にして沈黙が落ちる。
「毛利ができるのは、お二人が国を捨てた時に庇護することしかできません」
そう言って世鬼煙蔵は懐から一通の書状を取り出すと、九英承菊に投げよこす。慌てて書状を受け取った時、世鬼煙蔵は姿を消していた。
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