第211話 創業いまだ成らずして 今川氏輝ついに逝く

- 摂津(兵庫南東部から大阪北中部) 大坂城 -


 永寿王女さまを毛利義元くんに降嫁させたいという主上のお気持ちは即座に元就さまとゆか・・・幹部である桂広澄さん、井原元師さん、相合元綱さん、口羽広良さん、渡辺勝さんに報告する。それはもう大騒ぎ。即座に緘口令が引かれる。問題は毛利義元くんが統治の実地のために台湾に向けて出発の準備を進めているという事だ。


「断りますか?」


「「「「「「馬鹿を言うな」」」」」」


 その場にいた全員から速攻で突っ込まれる。


「しかしそうなると永寿王女殿下を台湾に連れて行くか安芸(広島)に留めるか・・・」


「何を言ってる。若い二人の間を、生木を裂くようなことが出来るか!」


 俺のつぶやきを聞いた元就さまが大声で叱責する。うーん。俺と松との婚姻も色々な都合でかなり引き延ばされていたから若い二人の間を引き裂くのはダメだというのは解るけど、これ主上には伝えないといけない案件だよね?


「主上には承諾すると伝えてくれ。あと、永寿王女殿下が台湾に赴かれることも説明してくれ」


 元就さまに丸投げされた!もっとも主上とサシで話せるのが毛利氏では俺だけだから仕方ないけど・・・


「努力します」


 そう答えるのが精一杯だった。



 1536年(天文5年)11月下旬


 ― 京 内裏 ー


 主上と永寿王女さまへの説明と説得は拍子抜けするほど簡単だった。結論から言えば「問題なし」だそうだ。

「危うくあの世に行くところだったのです。今更未知の国に行くことに恐怖はありません」と永寿王女さまは微笑まれた・・・強いな。

 元就さまに主上、永寿王女さま共に問題なしと報告。毛利義元くんには急ぎ上京するよう式神を飛ばす。あと嫁入り道具・・・家具と化粧道具と着物だが、これは俺が入手を差配することになった。木工ゴーレムがスキルを熟すために作っていた家具や化粧道具の中でも特に見栄えのいいものが用意できるからだ。


「おお・・・」


 鶴と亀の蒔絵の入った文箱を見て二条尹房さんが唸り声を上げる。


「これは・・・」


 桐のタンスを見て近衛稙家さんが感嘆の息を吐く。


「これはもしや磁器というものでは」


 最近主上が紅茶を嗜んでいることで急速に認知度を得ている白磁のティーカップとティーポットを見て羨ましそうにつぶやく鷹司忠冬さん。


「流石、毛利の物流の元締めというか・・・」


 螺鈿を散りばめた化粧道具に一条房通さんは驚きの声を上げる。


「あれで色々と控えていたのですね・・・」


 嫁が持って来た陶器や漆塗りの食器を思い出して九条稙通さんが色々諦めた声を漏らす。いま行っているのは五摂家の皆さんによる嫁入り道具の品評会である。これら嫁入り道具は天皇家に献上する代わりに五摂家の方々に品評してもらい、五摂家の方には口コミで宣伝してもらうのだ。

 主上と永寿王女さまの笑顔が実に眩しかったよ・・・


「あとは足利殿のところの部門に丸投げだな」


 五摂家の方々からの品評や要望かいぜん要望欲しいなーというお手紙を纏めたものの一覧と手紙の写しがある事を確認し、袋に入れて対朝と書かれた籠に投げ込む。

 茶筒から炒った茶葉を取り出して子狸茶瓶に入れ、部屋の隅で火鉢に掛かってシュンシュンと唸り声と蒸気を上げている茶釜狸(手足が動かない版)からお湯を取る。茶葉が蒸されている間に愛用の萩焼きの湯飲みを棚からだす。


「首領。急ぎ報告したいことが」


 世鬼煙蔵くんが音もなく部屋の隅から姿を現す。


「何かあったのか?」


 世鬼煙蔵くんが率いる諜報隊の今の担当は駿河(静岡中部から北東部)、遠江(静岡大井川以西)、伊豆(静岡伊豆半島)、相模(神奈川の大部分)を領する今川氏だ。


「今川家当主の今川上総介殿と弟の彦五郎殿が小田原城にて病死しました」


「はぁ?あ!もしかして大胡殿がもたらした韮山城城下で流行っているという奇妙な病か」


 俺はポンと手を叩く。


「ああ、そう言えば、そういう情報がありましたな」


 世鬼煙蔵くんも思い出したように手を叩く。もっとも「あ!」と言ったのは、今川氏輝さんと今川彦五郎さんが史実でも小田原で疫病で亡くなったこと、続いて花倉の乱というお家騒動が起きたこと。最終的に栴岳承芳くんが家督を継ぐことを思い出したからだ。


「死因が病気だというなら、今川兄弟の死が謀略である可能性は限りなく低いが、念のため善得寺の九英殿に接触してくれ」


 善得寺の住持であった琴渓承舜の7回忌法要のために駿河に戻った九英承菊さんに接触するように指示を出す。


「御意」


 世鬼煙蔵くんは静かに頷く。


「そういえば、なぜ今川上総介殿は小田原に居たんだ?」


 史実だと今川兄弟は、後北条氏が開いた歌会のため小田原城へ赴いているのだが、こちらの世界線では既に後北条氏は大名ではなく小田原城も今川氏の城のはずだ。


「武田陸奥守殿の息女と婚姻を挙げるため、武蔵(東京、埼玉、神奈川の一部)と駿河の国境に向かう途中だったと聞いております」


 武田陸奥守・・・武田信虎さんの娘さんとの婚姻が成立したのか。でも肝心の今川氏輝さんは病死。ああ、武田氏には俺と同じ境遇の(あちらは転生だが)小山田虎親がいたな。

 ならこの後に起こる花倉の乱も知ってる可能性が高い。ということは、小山田虎親の進言を受けて武田信虎さん策を弄するはずだ。


「武田の虎は栴岳承芳殿と玄広恵探殿を二虎競食の計にかけるか・・・」


 ふむと考える。


「斯波治部大輔殿に遠江(静岡大井川以西)奪還の好機が来たと囁き、越後(新潟本州部分)の長尾信濃守殿に武田の目が相模に向いてることを囁くか・・・どう思う?」


 世鬼煙蔵くんに軽く話を振ってみる。


「噂を撒くだけでよいかと」


 少し考えて、世鬼煙蔵くんはそう提言する。まあ噂をばらまく程度なら発覚しても遺恨はあまり残らないか・・・

 しかしまさか、主上の前で想定した「中部地域を混乱させる」策を行使する機会がこうも早く巡ってくるとは思わなかったよ。

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