第207話 征夷大将軍返上の意思

 俺が施薬不動院の警備兵と救護兵100人余りを率いて本国寺に到着したとき本国寺は燃え盛る炎に包まれていた。情報収集にあたっていた御伽衆からの報告によると、細川晴元は堂々と旗指を掲げて本国寺に攻め込み、それを見た足利義晴さんは本国寺に籠城して迎え撃ったらしい。

 なにしろこの時代、寺は寺で他宗派と武力による権力争いを盛んに行っていて、畿内の寺の総本山ともなると下手な城より堅牢だったりする。なので数は少なくても夜襲を仕掛けてきた相手に対し足利義晴さんが本国寺に籠って迎え撃つという策を採ったのは悪い手ではない。そう。敵の工作員が既に寺に潜伏していなければ・・・

 本国寺の異変は寺の門が閉じられ、本格的な籠城戦に移行してからすぐに起きた。本国寺に参拝に来た参詣者や修行に来た僧侶の泊まる宿坊から火の手が上がったのだ。火事から逃げようとした寺の僧が参門を内側から開けて、それに乗じた細川六郎が寺の中に乱入したそうだ。


「公方さまは細川六郎に顔を斬られて重傷。幸いにも猿組の組頭である才蔵殿の救援が間に合い細川六郎の捕縛に成功しました」


「ほう」


 僅かに目を細める。猿組の組頭である才蔵さんと言えば今川貫蔵さん配下の攪拌同盟の一人で女皇の剣くいーんざすぺーどを名乗る漢。

 身長に迫る斬馬刀を背負い、蒼いスペードマークを描いた覆面を被る怪人でもある。


「畝方殿・・・」


「これは三淵掃部頭殿」


 声をかけられたので振り向くと、そこには左手を三角巾固定され頭に包帯をグルグル巻きにした足利義晴さんの側近である三淵晴員さんが立っていた。なお、三角巾と包帯はガチャで出たものを職人に作らせた複製品である。


「流石、ですな・・・」


 寺の火災の消火活動や所蔵品の運び出し、負傷者の治療を開始している俺の部下たちの働きを見ながら三淵晴員さんは大きなため息をつく。ため息は幸せを逃すと言うけど、精神安定のための生物としての本能的な反応らしい。


「公方さまがお待ちになっています。ご同行をお願いできますか?」


 行きたくないが断れないだろう。行き先を部下に告げ三淵晴員さんについていく。



「よく来てくれた」


 足利義晴さんは苦しげに咳をしながら俺を出迎えてくれる。顔の右半分が包帯でグルグル巻きになっているので顔に酷い傷があるのだろう。


「細川六郎の身柄を押さえたそうだな。引き渡してくれるのか?」


 三淵晴員さん以外には誰もいないからか、足利義晴さんの口調は普通である。大変だなぁ。


「当然です。ただ、延暦寺から仏敵認定されているはずの細川六郎を匿う寺社勢力がいます。彼らを排除できますか?」


「未遂とはいえ公方殺しを企んだ大罪人を放免したりはせん。必ず三条の河原に首を晒す」


 足利義晴さんは断言する。


「判りました、引き渡しましょう。ですが刑執行のときに立ち合いを要求します」


「それは畝方殿が?」


「いえ、法的なモノなので毛利の法の最高責任者である相合刑部が出席されるでしょう」


 この辺は事前に対応を話し合っているので断言しても構わない。ちなみに相合刑部は元就さまの異母弟である相合元綱さんのことだ。官位名は法の最高責任者という意味でしかない自称だけどね。


「毛利には、毛利法度目録法が正しく運用されていることを監査する司法と呼ばれる部署があり、相合刑部は司法の長をやっている者です」


 足利義晴さんと三淵晴員さんが何とも言えない顔をしていたので、細川六郎は毛利領でも危険人物として手配されている。どこぞから横槍が入って「罰は寺で蟄居でお願いします」で済まされては困るからと断言する。史実通りの性格だとすると、更生することなく死ぬまで混沌を撒き散らすのが目に見えるからね。

 公方も管領も細川六郎の首が欲しいと言えば下手な横槍は入らないといえば足利義晴さんも三淵晴員さんも納得したようだ。


「話はもう一つある。細川六郎の首を刎ねたあと、わしは征夷大将軍の地位を朝廷に返上するつもりだ。大宰権帥もうり殿にも同時に管領の地位を返上するよう交渉したい。畝方殿。間に入ってもらえないだろうか?」


 足利義晴さんは呟く。何故その結論に至ったのかと話を促すと、足利義晴さんは話を続ける。

 どうやら足利義晴さん。嫡男である菊幢丸くんを授かったときに、菊幢丸くんに将軍職を継がせたいと思い幕府の財政改革に着手したらしい。ただ精査した結果は絶望的だった。史実でも援助と引き換えに80人以上の人間に名前の一字を偏諱として授けていたのだから当然だろう。

 ならば自分の家だけでも余裕が持ちたいと俺と山科言継さんに接触してきた。希望と期待に胸膨らませ、会談を行う前日に元部下に襲撃されて死を覚悟。命は助かるも右目を失う大怪我を負い、生まれたばかりの息子を残して死ぬことを想像して将軍としての矜持という心が折れたのだという。

 自身の人生がお神輿として色々と翻弄されてきたから、自分の息子もそうなるのではないかと重ねてしまったのだろう。なんだかんだ言ってもまだ25歳の若者だし、確か史実でも足利義晴さんは、菊幢丸くんの誕生と同時に将軍職を譲ると引退宣言をぶちかましたんだよね。役職に対する執着は元より薄かったのかもしれない。


「それは幕臣の方にも?」


 そろりと三淵晴員さんを見るが、特に驚いた感じには見えない。彼だけには事前に話を通しているだけかもしれないが。


「それは説得する。いや、してみせる」


「承りました・・・」


 決意を固めるようにぎゅっと拳を握る足利義晴さん。頑張ってください・・・

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