第139話一向一揆軍、大和に襲来

1532年(享禄5年)3月


 世界で起こる争いの原因の半分以上は宗教が関わっている。(個人的偏見)で、悲惨なという言葉を付けるとその原因の大半は宗教が関わってくる(個人的偏見)

 なにしろ死後、極楽に行くか地獄に行くかの条件は、宗教毎どころか同じ人間が興した宗教であっても後世の人間の解釈によって変わってくる。

 しかも死後の世界というのは大概は片道切符であり、教義を守って極楽に行ったのか、戒律を破って地獄に落ちたのかは知りようがないのだから難儀である。


 さて、『一向宗』という宗教がある。いまでは一向宗=浄土真宗というイメージがあるが、もともとは、一向俊聖という鎌倉時代の僧侶が、鐘や太鼓を鳴らし踊りながら念仏・和讃を唱える踊念仏を基本とする浄土宗の宗派のひとつだ。

 これが、一向俊聖と同時期に活躍した一遍という僧が興した、踊念仏と「南無阿弥陀仏、決定往生六十万人」という念仏札を配る賦算という方法で人々を極楽浄土へ導く『時宗』という浄土宗の宗派のひとつと混同されるようになる。

 さらに親鸞の興した浄土宗の宗派のひとつ「本願を信じ念仏申さば仏になる」という浄土真宗が混ざり合う。たぶん『南無阿弥陀仏と念仏を唱える』が、混同されることになった原因だろう。その後、2回の合流命令を経て本願寺を頂点とした浄土真宗になっていく。

 一向宗が農民を中心に大きく広がったのは、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば死後に天国に行けるという非常に解り易い教義が受けたからだろう。


 その一向宗が、なぜ三好元長さんを目の敵にしているのか?それは三好元長さんが庇護する日蓮宗の教義に問題があった。


 日蓮宗。鎌倉時代中期に日蓮によって興された宗派のひとつだ。日蓮は新興の宗派らしく・・・


「真言宗は釈迦や法華経を卑下する亡国の法である」


「禅宗は経文を否定しているくせに大梵天王問仏決疑経を引用する自語相違の天魔である」


「浄土宗の浄土経典は法華経では無間地獄に落ちるとされる。故に、浄土宗は無間地獄へ落ちる法である」


「律宗は現実から遠離した世間を誑惑させる教えで国を亡ぼす国賊である。実際に律宗の僧である叡尊や忍性は権力者とつるんで銭を蓄えている」


 という四箇格言を掲げて他の宗教宗派を徹底的に攻撃したのだ。(それで一大勢力になって生き残るというのは凄いな日蓮上人。)

 特に激しく戦ったのが、「お前ら全員地獄に落ちる」と教義全否定を喰らった浄土宗である。そりゃあ多少揺さぶったぐらいでは三好元長さん討伐の出足を鈍らせられないわけだ。


 さて、三好元長さんが大和(奈良)に逃げ込んだと聞いた一向一揆軍。意気揚々と大和に侵入する。まあ、三好元長さんを逃がすついでに、大和の国人に一向一揆軍が攻め込んでくることを警告していたので対応は早かった。


 - 京 山城(京都南部) 施薬不動院 -


「欧仙住職。山科(言継)卿が火急の用事があると面会を求めていますが」


 戸次親守くんから、九州で行っている交通網の整備の進捗報告を聞いていた俺に、寺の小物(修行している小坊主ではない)が声を掛ける。


「お通しください」


小物から「はっ」と声が返ってくる。


「席を外しましょうか?」


 戸次親守くんが尋ねる。


「問題ない。おそらく大和に侵入した一向一揆軍の関係だろう」


「では尚更・・・」


「副官をお願いするから関係はあるよ。ああ、御屋形さまには事前に許可を頂いてます。こうなるのは想定していましたから」


 戸次親守くんの顔が、尊敬も含めてもの凄く良くなる。しばらくすると、どすどすと廊下を歩いてくる音がする。すっと襖が開けられ山科言継さんが部屋に入ってくる。


「欧仙殿。お願いがあります」


 山科言継さんは、どっと乱暴に床に座り、頭を下げる。


「「薬師寺から救援の要請」がありましたか?」


 俺と山科言継さんの声がほぼ重なる。薬師寺は以前復興のために金を出しているのでそこそこに縁がある。


「毛利として兵は・・・300ぐらいしか出せませんが、まあ、あとは傭兵を募って大和へ向かいましょう」


 俺はニッコリと笑う。パンパンと手を叩き、寺の小物を呼ぶ。


「施薬院欧仙の名で大和を荒らす一向一揆軍を撃退する傭兵を募集します。手柄とは別に300文を払いましょう」


 寺の小物は元気よく返事をして走り出す。とりあえず1000人位集まればいいかな。


「い、良いのですか?」


 山科言継さんの顔色が悪くなる。はて?なぜ顔色を変えるのだろう。三日後。大変なことになったのは言うまでもない。

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