第134話 因果応報 管領、細川高国逝く
- 尼崎 とある城下町 -
かくしゃくとした老人がぎろりと辺りを見回す。男の名を三好一秀という。ちなみに三好元長の伯叔祖父(祖父の弟)にあたる男である。三好一秀は逃亡した細川高国捜索の任を受けて尼崎のとある城下町にいた。
「そうじゃの。まくわ瓜を買い集めてこい」
「「「「はっ」」」」
三好一秀の部下たちが周りに散っていく。やがて、大人の腰のあたりまで高く積み上げられたまくわ瓜の山が3つほど出来る。三好一秀はその辺で遊んでいた子供たちを集めた。
「この周辺にヨレヨレの状態の武者が隠れているはずだ。隠れている武者を見つけてくれたら、この瓜を全部あげよう」
集まった子供たちの目がギラリと輝く。
「翁。上手くいきますかね?」
「ふぉふぉ。町を知らない儂らが探すより、手間も時間もかからん。それにな、かくれんぼは隠れるのも探すのも子供の方が得意じゃよ」
「はぁ」
三好一秀の言葉を男は胡乱気な顔をして返事を返した。
「この町で余所者が隠れられない場所はどこだ?」
年長らしい子供が他の子供たちに尋ねる。
「食べ物屋!」
「宿」
「真っ先に探されるよねー」
兄弟らしい子供が元気よく答える。
「そうだな。索敵の優先順位を最低にしろ」
年長らしい子供が頷きながら指示を出す。
「金物屋は?」
「そういう所は出入りが不定期だから隠れる方からすれば強いすとれすがかかるとか言ってただろ」
「ああ、言ってた言ってた」
子供たちの間で言葉が飛び交う。
「すとれす?何を言っているのでしょうか?」
三好一秀の横にいた男が首を捻る。
「坊主。すとれすってなんだ?」
「さあ?半月ほど前に爺さんたちと同じことをお願いしたオッサンがいたんだよ」
少年のひとりが答える。
「そうそう。その時教えて貰った。すとれすが溜まるとおかしくなるって」
別の少年も元気に答える。
「儂らと同じこと?」
「うん。にんじゃって人を探してた」
「いもうまかった」
「「「うまかったぁ!!!」」」
子供たちが大声を上げて唱和する。
「おおそうか・・・」
子供たちの迫力ある返事に大人たちは思わず後ずさる。
「そういえば、あのにんじゃって人どこに居たっけ?」
「空になった、おさの家の米倉にいたよ」
「ああ、米は此度の戦で徴収されているし、普段よりは多くの米倉が空いているのか」
思わず三好一秀は納得する。
「じゃあ、空いてる米倉は最優先だね。あと空いてそうなところって何かな?」
「染物屋!あそこ忙しいの冬!」
女の子らしい子供が叫ぶ。服は買えなくても、そういうところは良く見ていて人の動きとかが判るのだろう。
「なら、そこも調べる対象だな。三太。お前はそっちを頼む」
「あいよ」
「じゃあ、すべてはまくわ瓜のために。いくぞ」
子供たちが猟犬のように町中へと走り出した。
「ええっと・・・なんだこれ?」
三好一秀は目を点にするしかなかった。
「よし。ここは調べた。印を置け」
「あいよ」
指示された子供は腰に吊ってあった袋から平らな大小の石を取り出すと倉の柱の下に積んで走り去る。別のグループの子供たちはそれを見つけると、さっさと立ち去る。あっという間に未索敵地域が縮まっていく。
「いたぞ!」
叫び声が上がる。
「きゅうこーせよ」
「であえであえ」
ぴーという口笛が鳴り響く。誰かが教えたのだろう。実に手際が良い。ひとりの子供に連れられ、三好一秀は京屋という藍染屋の倉の前に連れてこられる。
「あ、あのお武家さま。何か御用でしょうか」
家の主人らしき人間が三好一秀を見つけてやって来る。
「なに。堺公方さまより手配がなされた罪人がいたという報告を受けてな。まさか匿っていたのではあるまいな?」
三好一秀がぎろりと主人を睨むと、主人は大袈裟に頭を振って否定した。まあいいと三好一秀は、子供たちが取り囲んでいる染物屋の道具を仕舞っている倉の前に立つ。
三好一秀の供回りが倉の中に入り、やがて中から一人の男を引っ張り出して来る。男が管領の細川高国であることはすぐに判った。
「道永殿 (細川高国の法名)ですな?」
三好一秀の問いに男は数刻黙っていたが、やがて諦めたのか静かに頷く。
「広徳寺に送れ。丁重にな」
男たちは「はっ」と返事をして細川高国に縄を打つと広徳寺へと引き連れていった。
数日後・・・
『絵にうつし 石をつくりし 海山を 後の世までも 目かれずや見む』
細川高国は、娘婿である伊勢(三重北中部から愛知、岐阜の一部)と志摩(三重東端)の守護大名である北畠晴具に辞世の句を送って広徳寺で自刃して果てた。
養父である細川政元が暗殺された永正の錯乱を発端に、両細川の乱と呼ばれる抗争で兄の細川澄之や細川澄元 (三人とも養子ではあったが)を排除。管領の地位にまで駆け上がったが、従弟の細川尹賢の讒言を信じて重臣を謀殺したのをきっかけに、かつて自分が排除した人間の子孫たちの手によって滅ぼされた。
正に因果応報の人生であった。
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