第95話 前哨戦 八上・神尾山城の戦い
1527年(大永7年)1月。
山城(京都府南部)を出陣した細川尹賢軍は、管領細川高国の指示通り丹波(兵庫東部から京都西部)に入ると軍を二つに分けた。総大将の細川尹賢は兵3000を率い神尾山城に、副将の瓦林修理亮は兵2000を率いて八上城に向かう。波多野稙通、柳本賢治兄弟はそれぞれの城に籠りこれを迎え撃つ。ほどなく両城は包囲され膠着状態に陥った。
「公方(足利義晴)さまが若狭(福井南部)の武田大膳大夫殿に我らの後詰めに入るよう使者を出した。この膠着状態も程なく解消されよう」
神尾山城を囲む陣のひとつ金輪寺に滞在していた細川尹賢は「ふう」と息を吐くと、周りの武将からも安堵の息が吐かれる。彼らにしてみれば、波多野稙通が一戦も交えることなく早々に神尾山城に籠ったのは計算外だった。そして堅牢な山城に籠られたら、戦力差2倍では攻めきれない。
武田元光の軍が到着するまで、波多野軍との小競り合いが繰り広げられることになる。
- 神尾山城近くの金輪寺 細川尹賢 -
どたどたと廊下を走る音が響き、作戦会議を行っていた細川尹賢の元に一人の兵が現れる。細川尹賢は、作戦会議の刻限になっても一向に姿を現さない丹波守護代の内藤国貞を呼びつけるために送った兵だと気付く。
「内藤備前守殿はどうした」
「大変です右馬頭さま。内藤備前守。陣を引き払い撤退いたしました!」
「な、なぁにぃ?」
兵の報告に細川尹賢は思わず立ち上がる。なんでも、若狭の守護大名武田元光が軍を率いて京に向け出立したという情報を聞きつけた内藤国貞が、勝手に神尾山城を囲む陣から離脱したというのだ。
戦の情勢が不利になり逃げだすことはあっても、味方の後詰めが来るのを聞いて撤退するというのは異常な事態だ。
「すぐに呼び戻せ!」
「はぁ?」
細川尹賢のキンキン声に兵は間の抜けた声を返す。
どがっ
鈍い音が響き兵がひっくり返る。細川尹賢が兵を蹴り飛ばしたのだ。
「右馬頭殿!」
慌てて作戦会議に参加していた武将の一人が細川尹賢と兵の間に割って入り、他の武将も細川尹賢を抑えにかかる。兵は情けない声を上げながら部屋から出ていく。
「右馬頭殿、冷静に。内藤備前守殿が既に陣を引き払ったというなら、最早呼び戻すことは叶いますまい」
「そうですぞ。というより、やる気のない人間に居座られて、厭戦気分をまき散らされるよりよっぽどマシです」
「それより、城の包囲に開いた穴を塞ぐことが先です」
次々と周りの武将が細川尹賢を諫める。細川尹賢を諫めた武将たちは、内藤国貞が「管領が細川尹賢の讒言を信じ、軍功ある外様を碌に調べることもなく自害させたことを苦々しく思っている」という事を知っていた。
実の弟を咎なく殺された波多野稙通、柳本賢治兄弟が管領に反旗を翻したことを支持する丹波の国人が多い事も知ってる。そして、細川高国の身内以外の人間は思っている、波多野兄弟は明日の我が身であると。
「であるな・・・くそ。この落とし前は必ず付けてやるからな」
細川尹賢は呟くように言ったのだが、周りの武将は全員がその言葉を聞いていた。何かあれば確実に逆恨みの標的にされる。全員がそう正しく理解したのであった。
1527年(大永7年)1月下旬。
- 神尾山城を囲む陣のひとつ -
「掛かれ!」
赤井時家は率いてきた兵1000に攻撃の下知を告げる。赤井家は元々は管領細川に従っている国人だ。しかし細川高国の判断に憤慨し波多野稙通、柳本賢治兄弟に同情している一人でもある。
そして、直接の上司である丹波守護代の内藤国貞が神尾山城の包囲を解いて自領に引き上げたと聞いて即座に行動に移した。
すぐに兵を集め、神尾山城を包囲する細川尹賢軍に攻撃を仕掛ける。たちまちのうちに細川尹賢軍は混乱に陥る。
「援軍だ!こちらからも兵を出す」
機を察した波多野稙通も神尾山城から打って出る。喧騒が辺りに響き、徐々に包囲網が崩されていく。
「ひ、引け!引け!!」
細川尹賢の命令が下るのと同時に、するすると細川尹賢軍は神尾山城から離れていった。
「我らの勝ちだ!勝鬨をあげろ」
波多野稙通が大音声で叫ぶ。
「「「「「「えいえいおー」」」」」」
戦場を勝利の声が響き渡った。
- 八上城 瓦林修理亮 -
神尾山城での細川尹賢軍の敗走の知らせは即座に八上城を包囲する瓦林修理亮に伝わった。
「我らも引くぞ」
瓦林修理亮は苦々しく顔を歪める。程なく陣は引き払われ、瓦林修理亮軍は一路山城へと向かう。
「掛かれ!矢を射掛けよ!!」
突然声が響き瓦林修理亮軍に大量の矢が降り注ぐ。
「何事だ!」
「池田弾正、ご謀反!」
瓦林修理亮の問いに即座に答えが返ってくる。「謀反は臣下が、君主に叛いて兵を起こすことなんだがなぁ、いや、正しいのか?」と益体もない事を考えながら瓦林修理亮は矢継ぎ早に撤退の指示を出すのであった。
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