第7話陣借りしましょそうしましょ

 元就が・・・いや元就さまが俺に声を掛けたのは、俺を兵士としてスカウトするためだった。

 理由は、槍と鎧を入れる鎧櫃を持っていたから。なにしろこの時代、最下層である農民兵でさえ、武器や防具は自分が所有しているものを持って戦場に向かう。

 基本、武器はなし(基本は投石)。防具は厚手の服というのが普通だ。(戦場で、農民が戦死者の武器や防具を剥ぐのは、自分の装備強化の意味もあるらしい)

 そういう事情だから、槍持ち鎧持ちの俺を見れば声を掛けない理由が無いということらしい。俺の持っている槍はガチャのRだからな。鑑定したら量産品って出たけど。


 元就さまにスカウトされた俺は新入りなので、扱いは当然のことだけど雑兵。で、井上光政さんの隊に配属された。井上光政さんは、背は165センチの痩身。しゃくれでモミアゲの太い・・・例えるなら某大泥棒の孫によく似た男だ。

 直接の上司というより、戦場で引率してくれる指導員の井上さんという認識でいいらしい。陣笠を持っていない人のための陣笠を編むための藁が配給される。雑兵の敵味方の識別方法は(少なくともこの世界では)陣笠の色だそうだ。旗差しが背負えるのは、何度か従軍して足軽の身分らしい。

 毛利家では、漆に酸化鉄粉や煤を混ぜた黒漆などを陣笠に塗って、黒く染めるというのがお約束。黒漆はタダではないので、農民兵の中には墨とか酷いモノだと煤で黒くしているものもいるらしい。俺は陣笠なんて編んだことがないので、正直にそのことを井上さんに話して、陣笠を作って貰えそうな農家の人を紹介してもらう。

 農家の人は、持参した1キロほどの粟で快く引き受けてくれた。ついでに、戦になったときに駆り出される村の次男坊三男坊とも(主に食料供与で)交流を深めておく。

 友好度を上げて、後ろからバッサリ率を下げるだけでも意味があるからね。ついでに荒れ地の開墾許可も貰う。

 植えるのはサツマイモ。痩せた土地でも育つから領内の食糧事情の改善にうってつけだ。

 因みに、サツマイモが日本に伝来したのは17世紀の初め頃だが、10世紀頃には既にニュージーランドに伝来している。名前を聞かれたら、唐芋だと言うつもりだ。それでなんとかなる。

 Web小説の定番である稲作改革は今年は行わない。というか行えない。米で、結果は半年先です。なんて博打は出来ないからね。まずは芋で信頼と実績作り。それに、来年の10月には元就さま最初の試練である有田中井手の戦いだ。

 それまでに、現代と現在の地形の違いも現地調査で確かめておきたいというのもあるからね。


1516年(永正13年)8月。


 夏が来た。実戦での感を養うため、今日は毛利本家が五龍城に挑発を仕掛けるというので、元就さまの許可を得ての陣借り。畑を借りてる村で仲良くなった、四郎というのっぽと、六郎太というチビなふたりの青年を戦場での連携の練習と称して連れていく。


「おりゃあ」


 罵詈雑言の口合戦を経て、五龍城から出てきていた兵士に向かって、俺たちは大声を上げて石を投げる。対抗して、五龍城から出てきた兵士側からも石が飛んでくる。字面だけだとえらく牧歌的だけど、この時代の地方の戦の序盤なんてこんなものである。


「そろそろ行ってくるわ」


 俺は槍を担ぎ、投石隊の前に出る。併せてほかの味方の槍兵も俺の一歩後ろへと出る。弓兵の支援があればもっと楽なんだが、今回、そこまで本気の攻撃ではない。伏せられてはいるが、当主である毛利興元さまの容態が日に日に悪化しているのが原因だ。


「おりゃあ」


 俺は、他の槍兵の槍より1メートルほど長い槍を振り上げて敵の隊列を叩く。そして横に薙ぐ。

 たちまち列が乱れる。


「いけぇ!」


 味方の槍兵が踏み出して槍を振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。槍による攻撃は突くより叩いたり薙ぎ払ったりする方がメインなのだ。打ち倒された敵の槍兵が地面に這いつくばっていく。


「退却!」


 やや後方にいた指揮官らしい兜首が叫ぶ。あれが敵の指揮官かな。


「投石隊、兜首を狙え!」


 俺たちを率いてきた指揮官である桂広澄さんが敵の兜首を指し示す。怒声があがり、兜首目掛けて石が投げられる。たかが石。されど石である。兜首の近くにいた防具の低い兵士が石の直撃を受けて次々と斃れていく。しかし兜首を討つことは出来ず逃亡を許す。


「よーし装備剥いで帰るぞ」


 桂広澄さんの声に「おう」と野太い声がして、農民兵が倒れた敵農民兵に群がる。


「やあ助かったよ三四郎」


 桂広澄さんがカラカラと笑いながら近寄ってくる。「陣借りだったな」と聞かれたので、多治比家の家臣、井上光政さんの部下だと答えておく。

 桂広澄さんは、毛利宗家で代々執政を務めている坂氏の一族で、坂広明の嫡男。嫡男なのに桂村に移り住んだ際に桂を名乗り分家を興したチョット変わったお人だ。居城である桂城は多治比猿掛城からみて山を挟んだ南西側。五龍城まで出張ご苦労様である。

 で、この桂広澄さん。元就さまが毛利家の家督を継いだ後に坂広秀と渡辺勝が起こすクーデターでその責任を取って自害する。殺しちゃいけない人リストの上位者である。

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