第8話 その2
幕張メッセで開催された大規模お笑いフェスは、過去最高の観客動員を記録し、今のお笑いブームが本物であることを世に示した。
中でもワイドショーや情報番組で最も露出が多かった芸人は、やはり現役女子高校生コンビ「ホワイトブレンド」の二人だった。
すでに悦司たちの「ゆーめいドリーム」と「ホワイトブレンド」の差は圧倒的なものだった。
テレビはもちろん、ネットニュースや雑誌などでも、二人の姿を見ない日はなく、まさに時の人となっていた。
悦司はかつて業界の消費の激しさを体験した一人でもあるが、「ホワイトブレンド」の二人に関しては消費に関して心配するところはなかった。
悪目立ちするわけでもなく、毒舌を吐くわけでもなく、可愛らしく、好感度が高く、笑いも取れるキャラなど、貴重な人材すぎて代わりがいない。
そういう人材は消費され浪費されることもなく、長い間表舞台にいることができるのだ。
悦司と真幌の間では「他人は他人、自分は自分」というルールを決めていたので、二人の活躍に対してさほど気にしている様子はなかった。
そのため二人は、地道にライブやテレビのオーディションを受ける日々が続いていた。
なかなか結果が出なかったが、夏も終わりに近づいてきたある日、少し大きめのイベントに出演できることになった。
そのイベントは、赤坂のテレビ局の隣にある大きめの会場で、若手15組が出演できるお笑いイベントだった。
日々練習を重ね、自信が付き始めていた「ゆーめいドリーム」の二人は、そのオーディションを受け、合格することができた。
イベント当日、「ゆーめいドリーム」は、何台ものテレビカメラがまわる中、1000人ほどの観客を前にネタを披露した。
こういうイベントの場合、トップバッターへの期待値は低く、トリに向けて盛り上げていく構成になっている。
悦司たちの出演順はコンビ結成歴と人気を考慮した結果、トップバッターとなっていた。
イベントは、若い女性を中心とした客層だったので、年が近い悦司たちものびのびとネタを披露することができた。
客の受けも良く、満足のいくステージができたことで、相部屋の楽屋に戻ってきた悦司たちの顔は晴れやかだった。
「いい感じの手応えだったな」
「大勢のお客さんが同時に笑うのって気持ちいいね」
「お前もその味を知っちゃったか~。もう戻れないぞ」
「いいよ。望むところだよ!」
二人が改めて今日のネタの出来に満足していると、とつぜん悦司たちの目の前に、見覚えのある中年の男性が現れた。
「ちょっと失礼」
「あ、どうも!おつかれさまです!」
二人は立ち上がってお辞儀をした。
この男性は、初めて二人でオーディションを受けた時に審査員として会場にいたベテランの放送作家だった。
「おつかれさまです。お二人はだいぶ良いネタを作るようになりましたね」
「ありがとうございます!」
「二人の息もピッタリで、かなり練習していることがわかりました」
「ありがとうございます!」
「それで、今日はちょっとお願いしたいことがあって来たのですが……」
「……なんでしょうか?」
「今、高校生のお笑いコンビがブームになりつつあるのはご存知ですか?」
「そうなんですか?」
「もちろん、きっかけはホワイトブレンドの二人なのですが、彼女たちに憧れて動画サイトやSNSにネタ動画を投稿するコンビがものすごく増えているんです」
「そうだったんですね。すみません。プロのコンビ以外はぜんぜんチェックしていませんでした……」
「まぁ、それも仕方ないですよ。当然クオリティは一般の高校生ということで、なかなか厳しいものはあるので」
「……わかります」
「それでですね、僕としては君たちに、もっと表舞台に出て欲しいと思っているんです。ホワイトブレンドの対抗馬として」
「対抗馬?」
「彼女たちの存在は、お笑い界の底上げのためにも、裾野を広げるためにも、とても重要です」
「そうなんですか?でも仮にあいつらが重要な存在だとしても、僕らが対抗馬になる必要はないですよね?」
「いえ、1組だけではブームを継続に変えることは難しいんです。たけしさんとさんまさんのように、ダウンタウンとウッチャンナンチャンのように、切磋琢磨しながら、業界を牽引する2組が欲しいんです」
「それが僕たちなんですか?僕らがホワイトブレンドに追いつけるとは思えませんが……」
「僕もそう思います。君たちだけでは追いつけないでしょう。なのでそのために、僕ら構成作家が力を貸しましょう」
構成作家というのは、放送作家のことで、業界では自分のことを構成作家と呼んでいる人が多い。
「確かにいい話ですが……ネタは自分で考えたいんです。あいつらには自分で考えたネタで勝負したいです」
「なるほど、だとしたらネタは君たちが考えて、僕らがアドバイスをするっていうのではどうでしょう?」
「アドバイス……」
それは確かに良い話だ。現実問題として「ホワイトブレンド」とは同じ頃にデビューしたにも関わらず、大差がつけられている。
つまりそこには自分たちだけでは気付けない、何か重要なファクターがあるのだろう。
それを教えてもらうために、テレビやお笑いライブのプロである放送作家にアドバイスをもらうのは悪くない話だ。
「……真幌はどう思う?」
「絶対アドバイスもらった方がいいよ」
「なんで?」
「だってずっとわたしたちだけで練習してても、他の人から教えてもらえる機会なんてないじゃない」
「でもそれってオレたちの力じゃ……」
「そんなことないでしょ。アドバイスをもらったところでどうするか決めるのは自分たちなんだから」
「……なるほどな」
そのやりとりを聞いていた放送作家が間に入った。
「真幌さんでしたっけ。あなたのおっしゃることが正しいと思いますよ。僕らなんて思いついたことを適当に言ってるだけなんですから」
「えっ!適当なの?」
「冗談ですよ」
(真顔だから冗談なのが伝わりづらいな……)
悦司はつっこみたかったが、大御所の人なのでやめておいた。
「じゃ、この話、受けてもらえるってことでいいですか?」
「はい……お願いします」
放送作家はその返事にコクリと頷いた。そしてこう告げた。
「それでは、さっそくですが、来週の水曜日18時に、日テレの番町スタジオに来ていただけますか?」
「えっと……僕は大丈夫ですが、真幌は?」
「空いてるよ」
「ありがとうございます。それではよろしくお願いしますね」
放送作家はそう言い残すと、相部屋の楽屋にいる他の芸人たちに声をかけはじめた。
悦司はスタジオに行って何をやらされるのか、一抹の不安を抱えながらも、久しぶりのテレビ局訪問に胸が高鳴るのも感じていた。
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