第6話 その4
中間テストが終わった6月下旬。結成から2ヶ月ほど経った「ゆーめいドリーム」のスタイルはだいぶ固まってきていた。
真幌はもう授業中や、休み時間に寝ることはなく、クラスメイトの会話や行動をずっと観察していた。
一方、悦司はといえば、ネタの精度をより高めることに腐心していた。
最初のオーディションで放送作家から言われたことや「ホワイトブレンド」のネタのクオリティ。
そして自己反省を踏まえて、さらなるストロングポイントを見つけるべく、試行錯誤を繰り返していた。
そんな中、ひとつ嬉しい誤算だったのは、真幌の立ち居振る舞いに迫力が出てきたことだった。
一度オーディションを経験したことが、スイッチが入るタイミングになったのだろう。
心に余裕が出てきたおかげで、動作のひとつひとつが洗練され、そこに元々目を引くルックスだったことも加わり、エレガントな雰囲気すら感じられる佇まいになってきていた。
「もしかしたらギャルとかじゃないのかもな……」
この日、悦司は真幌と共に放課後の教室で、来週末に迫ったオーディションに向けてのネタを作っていた。
このオーディションは、前回のような大規模フェスではなく、小規模な劇場に何十組かが出てくるライブイベントのオーディションだった。
ここまで地道にコンビの力の底上げをしてきた二人にとって、絶好の腕試しの機会だった。
「ギャルとかじゃないって、ネタを根本から変えるってこと?」
「根本からというよりは、真幌のキャラを変えた方がいい気がしてきたんだ」
「私のキャラか。確かにここんところ、やりづらさは感じてたんだよね」
「おい、気付いてたのか!もっと早く言ってくれよ」
「いや~何か考えがあるのかな~って」
「そんなの無いよ。単純に今思いついただけだよ」
「そうなの?」
「せっかくコンビでネタを作り上げていくことになったんだから、もっとネタに対して意見を言っていいぞ」
悦司は前のコンビの反省を生かして、このコンビでは話し合いをしながらネタを作っていくことにしたのだった。
「わかったよ。だったらさ、そのキャラ私に決めさせてくれない?」
「真幌に?」
「最近さ学校でいろんな人を観察してて、ちょっと面白いなって思う人がいたの」
「誰?」
「名前は知らないけど三年の男子の生徒会長。あの人ってすっごく偉そうでしょ。私のキャラに合ってない?」
「あの怖い会長のこと?たしかにあの人、行動も発言もいちいち大げさだもんな」
「あれを女子の設定にして、ちょっとコミカルさを足せば、ギャルの設定より笑えると思うんだけど……」
「なるほどな。ちょっと考えてみるか……」
悦司は目を閉じ、考えを整理してみた。
(確かに最近の真幌の佇まいからは品の良さがにじみ出ていて、ギャルっぽさを感じられない)
(無理してギャルを演じることが笑いに通じる可能性もあるが、今の真幌の存在感を考えたらマイナスの方が大きいだろう)
(むしろ生徒会長のような気位の高い、高慢なキャラの方が、しっくりくる気がしてきた)
悦司は目を開いた。
「よし、生徒会長ネタに変更してみるか」
「うん、いいよ!」
「それじゃ、まずは頭のつかみからだけど……」
二人はさっそくネタの作り直しに取り掛かった。
それから数日後、ライブイベントのオーディションの日がやってきた。
場所は下北沢。オーディションには50組近くが集まっていた。
本番に出演できるのは、この中から20組。半分以上は落とされる計算だ。
集まっているのは、テレビではほとんど見たことがない、若手の中でもさらに若手の芸人たちだった。
もしかしたら一番知名度があるのは、悦司かもしれないほどのメンバーだった。
与えられたネタ見せの時間は1分。
ライブの主催者と劇場専属のコント作家が見守る中、オーディションが始まった。
「ゆーめいドリーム」は新キャラの「女子生徒会長」の暴走を止めるのに必死な「陰キャ書紀」というネタを初披露した。
審査をする二人だけが見守る中、悦司と真幌は必死に演じ続けた。
こういうオーディションの場合、審査員が笑うことはほとんどないのだが、真幌の迫力に圧倒され二人がクスッと笑う場面もあった。
1分間全力で演じ終え、ステージ裏に戻ってきた悦司と真幌は、内容に手応えを感じていたようだった。
「どうだった真幌?」
「キャラが変わったおかげで、すごくのびのびできたよ」
「ああ、審査員もお前のボケで笑ってたもんな」
「うん!すっごく気持ちよかった!楽しかったな~!」
さらに真幌は、満面の笑みを浮かべてこう言った。
「わたしもう、お笑い、やめられないかも!」
翌日、事務所宛に結果がメールで送られてきた。
オーディションの結果は――「合格」
「ゆーめいドリーム」結成後、初のオーディション合格だった。
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