第6話 その3

 翌日、クラスメイトにして現役女子高生コンビ「ホワイトブレンド」のメンバー・武内美穂と中谷聖愛は、二人ともに学校を休んだ。

 教室の中は、昨日放送された深夜番組に出演した「ホワイトブレンド」の話題で盛り上がっていた。

 昼休みになると、悦司は真幌の席までやってきて、前の席の椅子に座った。

「なぁ真幌、正直どうだった?」

「かわいかったよ」

「ネタは?」

「わかりやすかったかな」

「だよな」

「あんたはどうだったの?」

「ちょっと怖いな。あれで結成してから1ヶ月経ってないんだぞ」

「……わたしとそんなに変わらないのにね」

 そう言うと真幌は無言になってしまった。

「いろいろあるけど長くなりそうだから、放課後の打ち合わせで話すよ」

 悦司はそれだけ告げて、自分の席に戻った。


 放課後になり、二人はいつものように中庭のベンチに座った。

 話題は自然と昨日の「ホワイトブレンド」のネタの話になった。

「昼休みにも言ってたけど、真幌は「かわいいくてネタがわかりやすい」って思ったんだよな」

「そうだね。わたしは細かいところまではわからないから、なんとなくだけどね」

「その「なんとなくそう思う」っていうのをコントロールするのが、笑いのテクニックなんだよ」

「そうなの?わたしコントロールされてたの?」

「さりげなくそれをやれるのが「こいつらは本物だ」と思わせるところなんだよな……」

 悦司はそう言うと、昨日の「ホワイトブレンド」のネタを書き出した紙を真幌に渡した。

「これを見ながら、どこでどんなテクニックが使われているか説明するから、聞いてくれ」

「わかったけど……これ、書き起こしたの?すごいね!」

「ああ、何回見直したことか……」

 悦司はふてくされた様子でそう言いながら、最初のブロックの解説を始めた。


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聖愛「ねぇ、みほちん」

美穂「なに?マリアちん」

聖愛「このワンピかわいいでしょ」

美穂「うん、かわいい!」

聖愛「みほちんもかわいいよ!」

二人「えへへ」

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「まずはこのくだり。ここで二人の名前とキャラを認識させていると同時に、ネタの世界観も伝えている」

「わかる!この時点でもう「かわいいな」って思ったよ!」

「そう、それが狙い。そして最後に二人で笑うところも、視聴者を緩ませることが狙いなんだ」

「んん?どういうこと?」

「視聴者の緊張と不安を解かないと、笑いにはつながらないからな」

「あー、確かにこの笑ったところで力が抜けたかも」

「だろ。そして次のブロック」


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聖愛「みほちん、このネタ終わったらどーする?」

美穂「甘いもの食べたい!」

聖愛「私も!それじゃ終わったら原宿行こうよ」

美穂「うん、かわいい!そしたらどうやって行く?」

聖愛「自転車かな!」

美穂「大変そうだよ~」

聖愛「ワンピが風になびいてカワイイでしょ!」

美穂「うん、かわいい!」

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「いきなりフリで「このネタが終わったら」って言ってるだろ」

「はじまったのに、もう終わること考えてるんだって思ったよ」

「そうすることでまた、二人のお笑いに対するスタンスも表明している。あまりガツガツしてない、女子高生らしさが出ているよな」

「そう言われれば、なんか親近感を感じたかも」

「そこから「自転車に乗ればワンピがかわいい」という流れでひとボケ。ここで生きてくるのが「うん、かわいい!」っていうフレーズだ」

「クスッってなるよね」

「見たらわかると思うけど、ここまでだいたい25秒で3回も「うん、かわいい!」というフレーズが繰り返されている。これはお笑いの定石からいくとツッコミなんだけど、そうは思わせない軽いフレーズを使っているのも笑いを誘うのに効果的だ」

「そうなんだよね。どっちがツッコミで、どっちがボケっていうのが、よくわかんなかった」

「おそらくそれも狙いなんだろう。そしてここから2ブロックが一連の流れになっている」


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美穂「でも電車の方が早くない?」

聖愛「電車はかわいくないもん」

美穂「タクシーは?」

聖愛「タクシーもかわいくないもん」

美穂「それじゃ、馬は?」

聖愛「馬車だったらかわいい!」

美穂「うん、かわいい!」


聖愛「甘いもの、何食べよっか?」

美穂「パンケーキ?」

聖愛「かわいいけど飽きちゃった」

美穂「レインボーわたあめ?」

聖愛「かわいいけど飽きちゃった」

美穂「それじゃ、お団子は?」

聖愛「髪型だったらかわいい!」

美穂「うん、かわいい!」

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「この2ブロックは中盤で笑いを積み重ねていくためのブロックだ。最初のブロックで形を見せて、次のブロックでの笑いをわかりやすくしている」

「なんかすっごくテンポがよかった」

「そう、ここは「ゆるふわネタ」とか言いながら、ギアを2段階ぐらい速い方に上げていたんだ。このコンビはテンポと間のコントロールが本当に上手いんだよ」

「でもここの流れ、大爆笑って感じじゃなかったけどなぁ」

「それも計算なんだよ。このコンビに爆笑は必要ないって。「かわいくてちょっと面白い子たち」って思われることが大事だってわかってるんだ」

「なんのために?」

「メディアへの露出を増やすためにだよ。ネガな要素を減らして、なるべく好印象を与えようとしているんだ」

「そうなんだ……」

「そして残り10秒。最後のオチのブロックだ」


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聖愛「みほちん、そろそろネタ終わるよ」

美穂「じゃ、原宿行こう!」

聖愛「急いで自転車買いに行かないと!」

美穂「そこからか~、うん、かわいい!」

二人「じゃーね!バイバーイ!」

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「最後のオチは正直弱い。でもここで、わざとフェードアウトさせることで、余韻を残しているんだ」

「余韻?」

「もう一度見てみたい!別のネタも見てみたい!って思わせるための作戦。1分のネタのラスト10秒でこのオチは、かなり勇気がいると思うけどな」

「なんで勇気がいるの?」

「最後のオチはどのコンビも絶対に爆笑をとろうとしてくる。でもこのコンビは、ここで下手に爆笑を狙ってスベる。もしくは「やっぱりつまらないかも」と思われるよりも、平凡で無難な笑いにすることで、世界観の印象付け、キャラの印象付けを優先したんだ」

「確かに。出てきた中では、いちばん印象に残ってるかも」

「実際のところ、視聴者のほとんどは、ネタのオチまで覚えちゃいない。それよりもキャラや世界観、キャッチーなギャグの方が印象に残るだろ?」

「そうだね。そう考えると、わたしはまんまとその「印象付け」に乗せられたってことか~」

「そう。全部計算した上で、そうなるように仕向けられたんだ。みんなを同じ方向に向かせるためにね」

「そんなことまで考えてネタを作ってるんだね」

「オレも一応考えてるんだけどな」

「ごめん、気づかなかった……」

 悦司は本気で謝られたことに若干ショックを受けていた。


 真幌と一緒にネタを見返しながら解説をしたことで、悦司は改めてこのコンビの底知れなさに戦慄した。

「テレビ出演は2回目、デビューから1ヶ月でここまでか……」

「これはブレイクしそうだね」

 真幌のその言葉通り、現役女子高生コンビ「ホワイトブレンド」は、日を追うごとに露出が増えていった。

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