第55話045「混乱ベロニカ(メダパニ・ベロニカ)」



「あばばばばばばばっ!? う、腕が⋯⋯腕がぁぁぁぁぁーーー!!!!」


 ハヤトに両腕を斬り落とされたクリムゾンオークが激痛に悶絶する中、ハヤトは傷だらけのベロニカをゆっくりと抱え上げる。


「お、おおおおお、お前は⋯⋯⋯⋯ハヤト・ヴァンデラスっ!?」

「ふむ。どうやら、まだ元気のようだな」


 顔を紅潮させながらおろおろするベロニカ・アーデンブルグは恥ずかしさのあまり「ん〜! ん〜!」とハヤトから離れようと必死にもがいた。


「わかった。わかった。落ち着け。今、降ろす」


 ハヤトは自分のことがよほど嫌いなのかと思い、ベロニカをソッと降ろした。


「あ、あああ、あんた! 何やってんのよ、こんなところで!」

「助けに来た」

「は、はぁぁぁぁぁ〜〜?? 下級魔術士ジュニアのくせに何言ってんのよっ! さっさとここから離れなさい! 死ぬわよっっ!」

「問題ない」

「問題あるわよ! 第一、B級魔術士クラスBの私でさえ手も足も出ないってのにあんたみたいな下級魔術士ジュニアが勝てるわ⋯⋯け⋯⋯⋯⋯え?」


 ベロニカはハヤトに説教している最中、チラッと横目に両腕を斬り落とされ悶絶しているクリムゾンオークに目がいった。


「こ、これ⋯⋯あなたが⋯⋯やったの?」

「ああ、そうだ」

「う、嘘でしょ? わ、私でさえ、まともな傷をつけることができなかったのに⋯⋯⋯⋯⋯⋯あ、あんた何なのよっ!?」

「何なのよ、と言われても⋯⋯ハヤト・ヴァンデラスだとしか言えん」

「おかしいでしょっ!? どうして下級魔術士ジュニアのあなたがS級魔物の⋯⋯しかも上位ランカーのクリムゾンオークの腕を斬り落とせるのよ!」

「手刀で斬った」

「手刀かよっ!? いえ、手刀で斬ったの!? あのクリムゾンオークの腕を!? い、いえ、いえ、その前に手刀で斬り落とす下級魔術士ジュニアとかおかしいでしょっ?! いや、そもそも⋯⋯あぁぁぁぁぁぁぁどこからツッコめばいいのよぉぉぉぉ〜〜!!!!!」


 頭がメダパニったベロニカの叫び声が森に響き渡った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「⋯⋯そろそろ落ち着いたか?」

「うるさい!」


 あまりに常識外なハヤトに一通り混乱したベロニカだったが少し落ち着きを取り戻していた。


「そ、それで? ハヤト・ヴァンデラス。あなたこれからどうするのよ?」

「クリムゾンオークを倒す」

「ちょ?! ちょっと待ちなさいよ! 確かに腕を斬り落とすだけの実力があることはわかったわ。わかったけど⋯⋯でも⋯⋯クリムゾンオークあれを倒すのは⋯⋯無理よ」

「何? どういうことだ?」

「どういうことも何も⋯⋯」

「ぐもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 突然、さっきまで悶絶していたクリムゾンオークが激しい雄叫びを上げながら立ち上がった。


「?? 腕が⋯⋯戻ってる?」

「そう。クリムゾンオークがS級魔物の上位ランカーとして君臨する一番の要因はこの⋯⋯⋯⋯『自己修復能力』よ」


 立ち上がったクリムゾンオークの姿を見ると、先ほど斬り落とされたはずの両腕が元に戻っていたのであった。


「なるほど。自己修復能力か。少々、やっかいだな」

「少々どころじゃないわよ! 確かにあなたは強いわ。理由はわからないし気に入らないけど⋯⋯少なくとも私よりも全然強いことは理解している。でも⋯⋯⋯⋯それでも、この自己修復能力を持つクリムゾンオークを倒すことはできない。だからここは一旦、引いて援軍と合流するのが『最適手』よ」

「⋯⋯ちなみに援軍と合流すれば勝てる理由は?」

「はぁぁ? あなたおバカ? 自己修復能力を持つ敵の場合、自己修復のヒマを与えないレベルの攻撃をかけ続ければ倒せるでしょ! それくらい常識じゃないの!」


 ベロニカは「どうしてそれくらいの常識がわからないの」といった説教をガミガミとハヤトに叩きつける。


「だからここは一旦引くわよ、ハヤト・ヴァンデラス。⋯⋯癪だけどあなたが来てくれたおかげで、何とかここから離脱することくらいはできるようになった。正直、死を覚悟してたけど⋯⋯⋯⋯⋯⋯か、感謝してるわ、ハヤト・ヴァンデラス」


 ベロニカは眉を寄せ、怒りと恥じらいの表情でハヤトに頭を下げた。


 これまで上級貴族と四大公爵、王族以外の者達すべてを完全に見下していたベロニカ・アーデンブルグが王宮魔術士の一家とはいえ、格としては下にあたるハヤトに頭を下げたことを誰よりもベロニカ本人が一番驚いていた。


「ふ⋯⋯ならば、もう少し感謝してもらうとするか」

「⋯⋯は?」


 ドンっ!


 そう言った途端、ハヤトが膨大な魔力を一気に解放した。


「きゃっ!?」


 ハヤトは自身の膨大な魔力解放により吹き飛ばされそうになったベロニカの腕をしっかりと掴むと、そのまま胸元へと引っ張り片手で抱え上げた。


「な、ななななな⋯⋯!?」


 再び混乱メダパニしかけたベロニカ。そんなベロニカにハヤトがボソッと呟く。


「つまり、こいつの自己修復能力が追いつかないほどの攻撃をかけ続ければ大勢であろうが一人であろうが勝てるのだろう?」

「え? あ、あなた⋯⋯何を言って⋯⋯」

「ならば問題ない」

「⋯⋯へ?」


 上級貴族とは思えないほど気の抜けた返事を返すベロニカ。


「俺たちで決着ケリをつける。悪いがもう少し付き合ってもらうぞ、ベロニカ・アーデンブルグ」

「え、ええええぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜っっ!!!!!!!」


 本日二回目のベロニカの叫び声が森に響き渡った。


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