第30話021「Alice’t(アリスト)」



「お前ら荷物はエントランスに置いてすぐに外に集まれ!」


 ソフィア先生の合図で私たちは演習施設のエントランスに荷物を置きに行く。


——『アリストファレス防衛学院演習施設「Alice’tアリスト」』


 アリストファレス防衛学院の裏にある森『神和しんわの森』の奥に作られた実地演習用施設。あくまで演習施設であるはずなのだが建物は三階建てで地下施設もある。また、この演習施設を中心に半径一キロ圏内には『防御』と『探知』を備えた魔術『結界』が張ってあり、並み程度の魔物ではまったく侵入できないほど強力だ。その為、魔物が多い森の中でも生徒たちは安心して演習に集中できるのである。


「デ、デカっ!」

「あと、敷地も⋯⋯広い」


 イザベラとマリーが呆気にとられている。


「こういう施設の規模を見ると、改めてアリストファレスって本当に教育にお金かけてる、て感じするわねー」


 まあ、私も同様だが。


 ちなみに他国に比べてもアリストファレスは『教育』にかなり力を入れているのだが、こういった背景は他国との事情や自国内の人材不足といったことが要因となっている。簡単にいうと国防を担う人材がアリストファレスは他国に比べて圧倒的に少ないのだ。


 だから、アリストファレスでは卒業後の生徒たちがすぐに現場で活躍できる『即戦力』の生徒を育てることを最優先としている。その為、国防を担う教育施設はこの演習施設以外にも学院内外に多数存在するらしい。まあ、私もそこまですべて把握しているわけじゃないけど。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 私たちは荷物をエントランスにさっさと置いて外に出た。すると、


「遅いっ!」


 ソフィア先生の怒号が響く。目を向けるとハヤトたちD組の生徒たちがソフィア先生のゲンコツを食らっていた。


「ハ、ハヤト⋯⋯っ!」


 私は思わず声を掛けに行こうとしたが、


「ティアラさん。弟さんを気に掛けるのはわかりますが、ティアラさんはクラスの副委員長ですので私と一緒に演習授業の準備をお願いします」

「カ、カルロ⋯⋯委員長」


 カルロは昨日、ソフィア先生によりクラスの委員長に任命された。私は⋯⋯副委員長に。


 クラスの委員長や副委員長といった役職は担任の先生によって任命される。当然、希望や推薦などではなく任命なので断ることはできない。ちなみに書記はイザベラでマリーは保健委員となっている。


「「いってらっしゃーい」」


 イザベラとマリーが笑顔で私を見送る。


「ありゃありゃ? 早速捕まったわね、ティアラ」

「そうですね。これはある意味⋯⋯チャンスです」


 カルロに引き摺られ連れていかれる中でイザベラとマリーが不敵に笑うのを見た。あの二人、恐らくハヤトに近づく腹づもりだろう。私はどうにかしてうまい理由をつけてイザベラとマリーの元へ向かおうとしたが、


「ティアラさん。今日もまた一段とお美しい」

「ど、どうも⋯⋯」

「私は昨日ソフィア先生に委員長を任命された時、右腕となる副委員長にティアラさんの名前が上がった時は運命を感じましたよ⋯⋯赤い糸のね、フフ」

「あ、ありがとう⋯⋯ございます⋯⋯」


 これではどう足掻いても無理だと早々に諦めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ハヤト君!」

「ん? おお、イザベラじゃないか。それにマリーも」

「おはようございます、ハヤトさん」


 私とマリーはカルロにドナドナ連行されたティアラを笑顔で見送るとすぐに演習施設のエントランスへと向かった。理由はもちろんハヤト君を見つけたからだ。


「ん? ティアラは一緒じゃないのか?」

「ああ⋯⋯ティアラはクラスの副委員長だから演習授業の準備に行ったわ」

「クラスの副委員⋯⋯長?」

「はい。副委員長は仕事がいっぱいなのです」

「そうなのか。ティアラも大変だな」

「「はい、大変なのです」」


 私とマリーはエントランスで荷物を置くハヤト君を手伝いながら話をしていた。すると、


「イザベラ、マリー⋯⋯」

「「!! は、はい! な、何、ハヤト君(さん)?」」

「ティアラがいないのはアレだがいい機会だ。俺の『悪友』を紹介するよ。こいつはライオット・シャゼルバイゼン」

「ど、どうも」

「そして、こいつはグルジオ・バッカイマー」

「お、おう」

「あと、この子はリンガで、こっちがエマにシャロン⋯⋯」


 ハヤト君は次々とクラスの子を紹介していく。まだ一週間程しか経っていないのにもうこんなに友達ができたんだ。あと、クラス全員の名前もすでに覚えていた。私はそんなハヤト君を少し感心した。


「初めまして、イザベラさん、マリーさん! 私、兎型獣人のエマって言います」

「初めまして! へー私、兎型獣人って初めてみたよ。耳、長くて可愛い」

「えっ! そ、そうですか?! そんなこと言われたの初めて⋯⋯です」

「そう? すごく可愛いと思うけどな〜」

「そ、そんな⋯⋯あ、ありがとう、ございます!」


 エマという子が私の言葉にだいぶ照れているようだった。


「よろしくね!」

「こ、こちらこそっ!」


 この兎型獣人のエマという子、何だか可愛い。気が合いそうだ。


「ジーーー⋯⋯」

「ひゃっ!? な、何でしょう⋯⋯マ、マリアンヌさん」


 ふと、マリーのほうを見てみるとマリーがリンガという獣人の子をジッと見つめて怖がられていた。


「あなた、猫型獣人さんね?」

「は、はい⋯⋯」


 マリーの言葉にリンガという子は一瞬暗い顔をする。すると、


「⋯⋯可愛い」


 ぎゅっ!


「みゃっ?!」


 突然、マリーがリンガに抱きついた。二人とも身長が低い者同士なので微笑ましい光景だ。しかし、当の本人はかなりテンパっているようだ。


「リンガちゃん。私のことは『マリー』とお呼びください」

「そ、そんな! 四大公爵のベルガモット家の方にそのような接し方は失礼にあたる⋯⋯」

「いいのです。私が許したのです。誰かに何か言われたら私に言いなさい。その方にはそれ相応の責任を取らせて差し上げますから。ということで、はい!」

「え?」

「はい!」

「え? あ! あ、えーと⋯⋯マ、マリー⋯⋯さん」

「マリー!」

「は、はい! マ、マリー⋯⋯さ」

「マリー!」

「ビクッ! マ、マリーーーっ!」

「はい、よくできました。それでは以後よろしくお願いしますね、リンガちゃん」


 どうやら、マリーはだいぶリンガという子を気に入ったようだ。普段、人見知り⋯⋯というか、ほとんど人に興味を示さないマリーがいきなり抱きつくのは珍しい。獣人だからなのか?


「そうだ、イザベラ。ティアラには後から話すつもりだがいつ会えるかわからないので、とりあえず今、二人に話しておく」

「「何(ですか)?」」


 すると、ハヤト君の口から出たのは『合コン』の話だった。


「「ご、合コン⋯⋯ですか?!」」

「ん? 皆でご飯を食べに行くのは『合コン』というのか? まあ、そんなわけだからティアラにそのことを伝えて欲しい。ちなみに二人は行けそうか?」

「え? あ、は、はい!」

「だ、大丈夫です!」

「そうか、よかった。後はティアラができるかどうかだな」


 そう言うとハヤト君がニコッと笑う。可愛い。


「おい! そこのお前ら! またD組か! さっさと並ベーーーっ!!!」

「「「「は、ははははいーーーー!!!」」」」


 私とマリーはD組がドヤされている横からスルリと逃げ、急いでA組の列へと戻っていった。


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