第9話 ウルザ・ブランケット
「………………」
「………………」
突然、背後から呼び止められ、口から心臓が飛び出そうになる。
ドキドキドキドキドキ……。
無意識にも僕の手は腰回りに吊るしてある剣へと伸ばされていくも、
――スカ、スカッ!
「――⁉」
イィッ⁉ な――ないっ⁉ え、ど、どうしてぇっ⁉
酷く混乱する状況もようやっと思いだしてきた。
……そ、そうだった……。剣はチャモアに取られてしまってたんだっけ⁉
そんなことすらも思いだせなくなるくらいに、今の僕は完全にテンパってしまっていて……。
「ちょっとアンタ、もしかして聞こえてないのかい?」
ヒイィッ⁉ こ、これ以上無視をしていたら
そんな焦りに僕は震える体を必死に抑えつけ、覚悟を決めるとゆっくりと声の主へと振り返っていく。
聞き及んでいた噂からして、振り返った先にはそれはもう、さぞかし凶悪な人相の男たちによって周囲を取り囲まれているんじゃなかろうかって……。正直、気が気じゃなかったんだけれど……。
予想外にも、その場にいたのは……。
「悪いね、お兄さん。急に声を掛けたりして驚かせちまったかい?」
肩越しまで流れる艶やかな黒髪。整った目鼻立ちと大人びた表情をしているものの、年の頃は、恐らくだが僕より一つか二つ上といったところか。純白のブラウスの上から薄手のストールを羽織り、下はカーキ色のフレアスカートと。
何のことはない。振り返った先には少女が一人、ニコリと微笑を浮かべコチラに向かって佇んでいて……。
その姿に内心、ホッと安堵に胸を撫で下ろしたのも束の間、少女の姿を見た途端、緊張の糸がプツンと途切れたのか、
――ドスンッ!
糸の切れたマリオネットさながら、ガクッと膝が笑ったかと思えば盛大に尻餅をついてしまう。
「お、おいっ、ち、ちょっとアンタ⁉」
慌てたように少女が駆け寄ってくる。
「……――すまないね、どうやら驚かせちまったみたいだね。あたしはここいらに住んでるウルザってんだけど……。アンタ、この辺りの者じゃあないよね? 正直、その顔には見覚えがないし……。
どうやら僕が迷い込んでここまで来てしまったのではと心配して声をかけてきてくれたみたいで。
「ん? 何だい? ひょっとして、口がきけないのかい?」
「――ッ‼」
そんな彼女の指摘を受け、僕は弾かれるように話し始めた。
「――あ、あの、は、初めまして、ぼ、僕の名前はリック! リック・リパートンです‼ そ、その、こ、この街にはほんの一ヶ月前にやってきたばかりでして……。こ、ココには、べ、別に迷い込んだという訳ではあるようなないような、あの、その……‼ そ、そうだ、そ、それと、あの、その、僕、一応冒険者をやっていまして!」
「ああ、リック・リパートンさんかい、こいつはご丁寧に……。フフ、何もそんなに
「は、ハイ、ぜ、是非‼」
「フフフ♪」
「あ、アハハハ♪」
「そうかいそうかい、にしても、ふ~~~~ん、そう……冒険者、なのかい?」
冒険者、という
「あ、あの、え、え~~っと、う、ウルザさん?」
「――っ、あぁ、こっちのことさ、気にしないでおくれ。……で、リック。アンタこんな
そこまで言いかけて、ウルザさんが何かに驚いたような表情を浮かべる。
「…………」
「……?」
「…………」
ウルザさんの切れ長でいて、深い
「――(ドキッ)⁉」
「あ、ああああああの、う、うううウルザ、さん……?」
「リック、アンタ……ひょっとして、泣いていたのかい?」
「――(ぎくっ)⁉ え? ……――っ⁉ あ、いや、こ、コレは……‼」
散々泣き腫らした目もそうだが、涙の跡に気付かれたのか、ウルザさんの指摘に慌てて顔全体を手の甲でもって乱暴にも擦りつけ、必死に誤魔化そうとするも、
「な、何でもないんです、こ、コレは、べ、別にっ‼」
そんな僕の姿を見て彼女が再び口を開いていく。
「あ~~~、余計なお世話かもしれないけどさ……。よかったら、話してみないかい?」
「え?」
「ここで知り合ったのも多生の縁ってね……。それに、
「け、けど……」
余りに突然の提案に、言葉を濁す僕に、
「ま、無理にとは言わないけれどね……。でも、人に話して楽になるってことも世の中には意外とあるもんさね……」
そういうウルザさんの瞳はやさしくもどこか悲しげな色を湛えているかのような……。
そんなウルザさんの表情を見ているうちに、不思議と気持ちが傾いたのか、気が付けば、ポツリ、ポツリと……。
「――……といった訳で、僕はチームからお払い箱になってしまったんです……」
所々しどろもどろで、とても上手く伝えられたとは言えないけど、それでもウルザさんは途中で口を挟むでもなければ、ジッと黙って最後まで話を訊き続けてくれた。
そして一通り話を訊き終わった後で、ようやっと口を開いた。
「なるほどねぇ……。フゥ~~~~ッ、ソレは中々、しんどい目にあったねぇ~。そんな目に遭っても、まだ仲間の事を気に掛けることが出来るなんて……。リック、アンタはそれだけでも尊敬に値する人間だとあたしは思うよ……」
てっきりお人よしと馬鹿にされるかと思いきや、予想に反して、彼女はそんなことを口にした。
「そ、そんな……。僕なんて……」
「照れなくてもいいさ、実際、アンタみたいな人間はあたしたちからしても貴重な人材なわけだしねぇ~……」
「へ? それって、どういう……?」
「あ、ま、まぁ、ソレは置いとくとして……。でも、そっかぁ~、ソレは難しい問題だよねぇ……。子供の頃からの夢ってくらいなんだから、頭でいくら割り切ろうたって出来るもんでもない、違うかい?」
「え、ええ、ま、まぁ……。やっぱり、お見通しですか……。そうなんですけどね、でも、こうして剣も奪われてしまっては……。正直、これからどうしたらいいのか……」
何一つとして根本的な解決にはなってはいないものの……。成り行きとはいえこうして話を訊いてもらっただけでも……。正直、話したことによって幾分か気持ちが楽になったような気がした……。
最後にこうして話を聞いてもらえただけでも良かったとしよう……。
そんなことを思っていた矢先、ウルザさんの口から思いもしなかったセリフが飛び出てくる。
「ま、アンタの元お仲間の言い分も分かるんだけどねぇ……。けど、それだけで冒険者として見切りをつけるってのは時期尚早すぎやしないかねぇ?
要は強くなりさえすればいいんだろ? なら方法は他にもいくらでもあるじゃないか……」
元という言葉に、今更ながらに心を
「そうですよね……。こればっかりはどうしようもない……――えっ⁉ い、いいい今、な、何て言いましたっ⁉ つ、つつつつ強くなる方法がいくらでもある?」
ウルザさんの言葉に僕はこれでもかと目を見開いた。
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