第19話 別れ、そして……

 話はほんの僅かばかり遡る――



「――……ッ、……え、ッ……‼」


 耳に届いたざわめきに少女は目を開いた。……否、意識を取り戻した、といった方が正しいか……。


「……あれ? ここって……」


 目を開けると薄暗い闇の中にごつごつとした岩壁……。

 どうやら自分は地面へと仰向けになって倒れ込んでいるらしいことはわかった。

 だが、何故こんなところに倒れ込んでいるのかがどうしても思い出せずにいた。

 しばしその体勢のまま考えつつもとりあえず体を起こそうと試みるも、


 ――ズキンッ‼


「――痛っ!?」


 上体を少し起こし上げただけでも鋭い痛みが走り、更にはどうしたことかまるで鉛のように重く体が動かなかった。


 止むを得ず一人暗闇の中、何か手掛かりになるものはないかと唯一動かせた腕を伸ばしていく。

 

 と、


 ベシャッ


「?」


 手にまとわりつくヌメッとした不快な感触を感じつつも、手探り状態に周囲を探ってみたところ、


 ――ドンッ!


 伸ばした先で手の甲に何かが触れたのを感じた。

 

 と、今度は必死にソレを手繰り寄せ、掴みとろうとしていく。

 頑張って手を伸ばすが、中々上手くいかない……。


「……んしょ~~~っと、フフ♪」


 こんな状態ながらもその行為自体が、まるで子供の頃にした宝探しのようで少しだけワクワクした。


 ――ガッ!


 どうにかこうにか少女は掴み取ることに成功――と、まるで宝物でも見つけたかのように今度はソレを引き寄せ目の前へと近づけてくるも、


「――え?」


 ソレを目にした瞬間、少女の顔は凍り付いた。


 少女の瞳に映し出されたモノ――ソレは人間の手首であった。

 それもあたかも強引にも引き千切られたかのような無残な状態の……。


「……え? ……――ッ⁉」


 そんなあり得ない状況も、少女の目はある一点にのみ注がれていて……。


「……え? せ、セノ……ア……?」


 その指先にはめられていた指輪マジックリングには見覚えがあって……。


 ――ズキッ‼


「――うっ⁉」


 直後、頭にズキンとした痛みが走った次の刹那、脳の中に一気に情報が流れ込んでくるかのように少女――リスリィ・ガノブレードは全てを思いだした。



「に――逃げろ、リスリィイイイイイイイイイイッ‼」


 そう叫んだ直後、巨大な爪に肩から真っ二つに引き裂かれたラケル・スタンフォード……。


 ――ズキンッ‼


「ギャアアアアアアアアアアアッ⁉」


 丁度鳩尾のあたりから鋭い牙が食い込み、生きたまま喰われていくセノア・マルグリッド……。


 ――ズキンッ‼


「おぐぇあああああああっ⁉」


 倒れたところを踏み潰され、口から臓物を吐き出し殺されたガーヴィン・ハーモニット……。


 ソレは正に阿鼻叫喚の地獄絵図そのものであった。

 圧倒的捕食者の前に為す術なく蹂躙されていく仲間たち。

 目の前で殺されていく仲間たちを前にしてもこれまで体験したことのない圧倒的なまでの恐怖に身がすくみ、リスリィは仲間を救い出すこともその場から逃げることもかなわなければ満足に動くことさえできなくなってしまっていた。

 

 そしてリスリィ自身も茫然と立ち尽くしていたところへ、投げつけられたセノアの躯諸共はるか後方へと吹き飛ばされ、背中から壁に体を強かに打ちつけられそのまま意識を失ってしまう。


 こうしてラケル・スタンフォード擁する冒険者チーム・青き翼は、この瞬間をもって壊滅したのである。


 そう、全てはこの忌まわしい魔物モンスター、オーガの手によって……。

 本来、この第一階層には居るはずのない魔物モンスターによってリスリィ・ガノブレードは全てを奪われたのである。

 


「――……ぐすっ、うぅぅ、セノア、み、皆ぁ……。ぐすっ、うぁああっ……‼」


 全てを思いだしたとき、リスリィの瞳は潤み、涙がとめどなく溢れ出していた。


「わ、私に……。私に、もっと力があれば……‼ ~~~~~~~っ‼」


 ギュッと唇から血が滲むほどきつく噛みしめ、自らの無力さを呪った。

 蹂躙され、殺されていく仲間たちを前に何もできなかったこと……。

 自らの無力さ、勇気のなさに絶望にも似た感情を覚えると同時に、狂おしいまでの力への渇望が……。千切れ冷たく固くなったセノアの手のひらをギュッとその胸に抱きかかえながら声を殺して泣き続けた。


 ――と、


「ぁ――あああああっ‼」


「……――えっ? う、嘘……。ま、まだ、誰か闘ってるっ⁉」


 ふいに響いてきたそんな叫び声にリスリィは目を開いた。


「――ッ~~~~、くっ……‼」


 いまだ背中から全身へと響く痛みに震える体に鞭打ちながらも、リスリィは何とか起き上がると、声がした方――薄暗い洞穴の中から外が見渡せる距離まで移動していく。

 結果、そんな彼女の目に映り込んできたのは、


「ゴギュルルッ‼」

「……ハァッ、ハァッ、ッ……」


 たった一人、オーガと対峙する赤毛の少年の姿であった。


「え? あ、あの子は?」


 年のころは自分と同じく15~16といったところだろうか? だが、その顔には全く見覚えがなかった。

 もしかしたら、自分たちと同じくオーガのことを知らずにやってきたのか、はたまた冒険者組合ギルドの要請で自分たちの救援に来てくれたのか?

 いずれにしても名のある冒険者ならまだしも、あんな少年がたった一人であのオーガ相手にどうこうできるとは到底思えなかった。


 案の定、危惧した通り今まさに絶体絶命の状況――少年は地面へとへたり込み、オーガがその凶悪な爪でもって少年へ襲い掛からんとしていた。


「――――‼」


 そしてついにリスリィが見つめる中、オーガの爪が少年の命を刈り取るべく頭目掛けて振り下ろされていく。


 ――ブォンッ‼


「だ、駄目っ、に、逃げ――」


 間に合わない、そう思いつつも、声にならない叫びを上げようとしたその時だった。


「ぅ――うわぁああああああああああああああああああああっ‼」


 ――ビュンビュンビュンビュンビュンッスパスパスパスパスパッ


「て……?」


 そんな少年の雄叫びにも似た声とともに風切り音が鳴り響くや、


 ブシャアアアアアアッ‼


 オーガのドス黒い緑色の背中越しに見るも鮮やかな無数の赤い閃光のようなものが走ったかと思えば、次の刹那、噴水のように赤黒い血を吐き噴き出しながらソレは幾つかの肉片へと形を変えていった。


「…………え? う、嘘……」


 唖然として見守る中、少年の動きは尚止まらない――


「――うわぁあああああああああああああああああああああああああっ‼」


 またしても少年が吠えるのと同時に、再び剣が瞬き、


 ――ビュンビュンビュンビュンビュンッスパスパスパスパスパッ


 緑色の肉の塊は少年の剣によってそこから更に幾重にも寸断され、最早原形すら留めないまでに斬り刻まれていった。


 結局、その場に残されたのは剣が届かなかったことによって難を逃れた(?)オーガの膝下部分と大量の血の海の中、赤黒い返り血に染まった少年の姿であった。


「……――す、凄い……」


 ペタンッ……。


 まるで腰が抜けたようにその場に膝から崩れ落ちるリスリィ……。

 言葉を発することもできず、只々じっと少年を見つめていた……。


「………………」


 自分たちでは全く敵わなかったあのオーガをいとも簡単に両断してしまった少年の姿に、自分が――それこそリスリィが狂おしいまでに欲した圧倒的なまでの力を感じながら。


「……っ……‼」

 

 と、知らず知らずのうちに、無意識にもリスリィは少年に向かって手を伸ばしていた。


「……――あ、あの、わ、私……。あ、あなたの……――」


 その姿はまるで力なきものが必死に足掻き苦しみぬいた末、突如目の前に現れた救いの糸を掴もうとするがごとく……。


 ――だが、


 ぐらっ……。


「……え? っ……――」


 そこまで張っていた緊張の糸が途切れたのか、はたまた忘れかけていた痛みがぶり返したことによる作用か……。目隠しでもされたかのように突然目の前が真っ暗になったかと思えば、眠るようにその場に倒れ込んでしまう。


 結局、リスリィ・ガノブレードの声は少年へと届くことはなく、彼女の意識はそこで途絶えた。

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