第24話 お悩み相談

「――ごめんごめん、リックくん、ちょっと立て込んじゃってて……。もしかして、結構待たせちゃったって感じかな?」

「あ、いえ、そんな全然待ってなんかないですから。気にしないでください」


 受付カウンターの奥の方からそんな声が聞こえてきたかと思えば、そのポニテ状に結われた艶やかな黒髪の尾っぽ部分を揺らしながら、冒険者組合ギルドの制服に身を包んだ女性が僕が立っている受付窓口に向かって小走りにも駆け寄ってきた。


「あ、こんにちは、ココアさん。何か忙しそうですけど……。何なら、また後日、日を改めて来ても全然構わないですけど……」

「アハハ、もう済んだから君がそんな気をまわさなくてもいいってば。それじゃあ改めて――。冒険者組合ギルドへようこそ。それで本日はどんなご相談ですか?」


 お道化た口調から一転、ココアさんの顔がキリッと引き締まった仕事時の表情へと切り替わっていた。


「あ、はい、それじゃあですね、実は……」


 僕はさっき起こったハーミット大草原での出来事――。それと新しい、今の僕にでも出来そうな冒険者依頼クエストでも入っていないかと訊ねてみた。



「――……へぇ~、そんなことがあったんだ? 大変だったねぇ~、でも、リックくんのお陰でその姉妹は事なきを得たってことだよね?」

「あ、はい、何とか間に合って特に怪我とかもなくグランベリーまでの道すがら警護ってほどのこともないですけど、無事に街まで送り届けました」

「そっかそっかぁ~。流石リックくん、そのあたりのフォローもばっちりだね♪ にしても、フフ~ン♪」

「? あの、何かいいことでもあったんですか?」


 何やらご機嫌というか嬉しそうな表情で僕を見つめていて。


「あ、ごめんごめん。これじゃあ何のことか分からないよね? 実はね、最近のリックくんの活躍は目を見張るものがあるなぁ~って……。リックくんは知らないだろうけど、冒険者組合ギルド職員の間でも評判になってるんだよ?」

「え? そ、そうなんですか?」

「そりゃそうだよ、だって、ついこの間まではゴブリン一匹にも苦戦してた君が今じゃあ……。それにホラ、この間のホブゴブリンの一党を討伐しちゃった件なんかも……。あんなの以前の君からは想像できないほどの大仕事だよ? いやぁ~、私もリックくんの担当職員として鼻が高いよぉ~♪」


 と、カラカラと上機嫌にも声を上げていたかと思えば、


「……正直な話、あんなことがあったから、もしかしたら冒険者を辞めちゃうんじゃないかってちょっと心配してたんだけどね……」

「――あっ‼ す、済みません、その節は本当にご心配を掛けてしまって……」


 あの時は、悔しさやら情けなさやらで頭の中が本当に訳が分からなくなっちゃって、冒険者組合ギルドを飛び出しちゃったんだけれど……。


 あの後、そんな僕のことを心配してくれていたみたいで、忙しい仕事の合間の貴重な休み時間を使ってまで、何度か僕が泊まっている安らぎの箱庭宿屋の方にも顔を出してくれてたってナタリーさんが言っていたっけ……。


 でもあの一件がなかったら、ウルザさんとも知り合えなかったわけだし……。

 アレのお陰でこんな僕でも強くなることができたわけで……。


 そう、全てはこの武具のお陰……。


 そんな感謝の気持ちとともに、聖剣ロストハイム聖鎧ラグナヴェルグへと視線を落としていた僕の目線がふと聖鎧ラグナヴェルグに向けられたところでピタッと止まっていく……。


「………………」

「? どうしたのリックくん……。何か浮かない顔してない?」

「――え? あ、いや、な、何でもないです‼ ご、ご心配なく……‼」

「………………」

「………………」

「こぉ~~~ら、リックくん‼」


  ピシッ‼


「――アイタッ⁉」


 不意におでこのあたりに何かが当たったかのような気がしたかと思えば、ココアさんの細くしなやかな人差し指が僕のオデコのあたりをつついてきていて。


「そうやって何でもかんでも一人で溜め込んじゃうのって君の悪い癖だよっ‼ 何のために私たちアドバイザーが付いてると思ってるのよ?」


 そんなことを言ったかと思えば、ココアさんの柘榴石ガーネットのような赤い瞳が真摯に僕の目を見つめてきていて……。


「………………」

「………………」

「あのぉ、そ、それじゃあ、ちょっとだけ相談に乗ってもらえますか?」

「うん♪ 任せなさい、お姉さんに全部話してみなさい♪」


 結局ココアさんに促される形で僕はその心に抱えていた疑問をぶちまけてみた。


「あ、あのっ――ぼ、僕の聖鎧恰好って、そ、そんなに見窄みすぼらしそうに見えるんでしょうか⁉」

「………………」

「………………」

「――――ハァアアアアッ⁉」


 素っ頓狂な声を上げるココアさんに対し、僕はハーミット大草原でのとある出来事について話し始めた――。


 そう、全てはあのオークを倒した後、姉妹の妹の方――。エリサちゃんのこんな一言から始まったわけで……――。


「うわぁああああっ♪ お兄ちゃんって強いんだねぇ~♪ エリサ、びっくりしちゃったよぉ~♪」

「え? そ、そうかな?」

「うん♪ それにそれに、剣もすっごく光ってて格好良かったぁ♪」

「え? そ、そう? そ、そんなに格好良かったかい?」

「うん♪ ピカーって赤く光っててとっても綺麗だったよ♡」


 所詮子供の感想とはいえ、聖剣ロストハイムのことを褒められるのは悪い気がしない。それどころか、まるで自分のことのように嬉しく感じられて……。

 僕はとても誇らしげな気持ちになっていった。


「あ、でもでもぉ……。ねぇ~、お兄ちゃん……?」

「ん? 何だい?」


 と、ここでエリサちゃんの口から思ってもみなかった一言が飛び出ようとは……。


「うん、あのねぇ~、お兄ちゃんの剣はとっても綺麗で格好いいのにぃ、どうして鎧はそんなにぼろっちぃのぉ?」

「――――⁉」


 ぼ、ボロ――⁉


 それこそ先ほどのオークにその地面に転がっている棍棒でもって後頭部を思いっきりブン殴られたかのような衝撃が走った。


 一瞬、クラッと膝から崩れ落ちそうになるも、


「こ、コラ、エリサッ⁉ そ、そんなことを言ったら失礼でしょ‼」

「えぇ~~、だってぇ~……」

「す――済みませんっ‼ い、妹が大変失礼なことをっ‼ た、助けてもらっておいてこんな無礼なことを言うなんてっ‼」


 すぐさま姉の方が平謝りしてくるも、


「い、いえ、ぜ、全然大丈夫ですから……。き、気にしたりなんか、し、していませんし……」

「だ、駄目でしょ、エリサッ‼ いくら見た目が汚いからって、そんなこと言っちゃ――」

「………あっ⁉」

「………………」


 どうやらこの姉の方も嘘がつけない性格のようで……。


「ハ――ハハハ……。ほ、本当に、だ、大丈夫、ですから……」


 そ、そうさ、き、気にする必要なんかないさ……。し、所詮、こ、子供の言う事じゃないか……。は、ハハハハ……。


 そう思うことで何とかこの場を取り繕おうとする僕に更なる悲劇が……。

 そんな僕たちのやり取りをジィッと見つめていたエリサちゃんが再び口を開く。


「お兄ちゃん、ひょっとして、お金……ないのぉ?」


 はぐぅーーーーーーっ!?



「――……ってなことがありまして……。そのぉ……」

「………………(プルプルプルプル)」


 話を訊き終えた時、何故か顔を下に向け何やら体を震わせているココアさん。


「?」


 ひょっとして、気分でも悪くなったのかと心配して声をかけてみたところ、


「あ、あのぉ、ココアさん?」

「ぷっ……。――ア~~ハハハハハハッ♪」

「――なっ……⁉ ち、ちょ、わ、笑うなんて酷いですよっ‼」

「アハハハッ、ご、ごめんごめん……。で、でも子供の言ったことだしそこまで気にしなくてもいいんじゃない? や、やっぱり子供ってのは正直なものだしねぇ~」


 そんなフォローをしつつも、ココアさんはその柘榴石ガーネットのような瞳に涙まで浮かべて笑っている。


「そ、そんなにおかしいですか? それって、やっぱりココアさんも同じように思ってるってことですか?」

「うぇっ!? い、いや、私は、そ、そんなことちっとも……」


 そう言って、露骨に僕から目を逸らしていくココアさん。


 ――うわぁあああああああんっ、やっぱり、思ってるんだぁああああああああああっ⁉



 そんなこんなですっかり気分を害した僕をココアさんが宥めらまくることで何とか気持ちを落ち着けることができた僕は、改めて話題にも上がった聖剣ロストハイムをこの場で鞘から抜いてみた。


 スチャッ――。キラッ――。


「ふわぁああ……。そ、それにしても、ごくっ……。何度見ても、本当に凄い剣だよねぇ……」


 その刀身はオークを倒した時同様に、赤尖晶レッド・スピネルのような輝きを放ち、見る者の魂さえも魅了してしまいそうな雰囲気を醸し出していて……。


「リックくん、これ……。どこかから盗んできたなんてことはないわよね?」

「盗――⁉ そ、そんなことするわけないじゃないですかっ‼」

「アハハハ♪ ごめんごめん、冗談よ♪ そうだよね、君がそんなこと出来る人間じゃないっていうのは私もよく知ってるし……。それにどこからも盗難被害の類は出てないしね」


 もぉ~~~、本当に勘弁してくださいよぉ~、ココアさぁ~~~ん‼


 とはいえ、そう思うのも無理はないんだけどね……。こんな凄い剣を僕が持ってるなんて、誰が見たっておかしいよね?

 しかも、これがあのスルトの聖剣だなんて知ったら、ココアさんはどんな反応をするんだろう?

 実はこの事実には関してはウルザさんからの忠告もあって誰にも教えてはいないんだよね。

 知られると色々厄介なことにも巻き込まれかねないってね……。

 実際僕もそう思うし……。


「でも、本当にこの武具には感謝してるんですよね……。お陰でこんな僕でも冒険者としてやっていけるんじゃないかって自信に繋がったっていうか……」


 何ともうまく説明できないもどかしさのようなものがあったが、ココアさんはというとそんな僕の気持ちを理解してくれたのか、


「そっかぁ……。うん、本当によかったね」


 そこにはさっきまでとは違って、心底僕のことを案じてくれているお姉さんのような瞳を向けてくるココアさんの姿があった。


「ハイッ‼ それに、ひょっとしたら、これがキッカケでまたチャモアたちの仲間に加えてもらえるかもしれないしですし……」

「…………え?」

「え? あ、あれ? もしかして、僕、なんか変なこと言っちゃいました?」

「いや、変なっていうか? うぇ?」

「まぁ、その……。あくまでもそうなったらいいなってことであって……。アハハ、そんな都合よくはいかないですよね?」

「……………………」

「……………………」

「ち――ちょっと、リックくん? き、君、あんな酷い目に合されたのに、まだ重剣の一撃ヘヴィ・ブロウに戻りたいなんて考えてるわけ⁉」

「酷い目? あ、ああ……。確かにあの時は正直すっごくショックだったんですけど……」

「で、ですけど……?」

「アレもきっとチャモアたちなりの僕への奮起の促し方だったんじゃないかなって……。最近ではそんな風に考えられるようになってきたんですよね。だから、もしチャモアたちが僕のことを認めて、許してくれるのであれば……」


 僕のそんな前向きな意見とは裏腹に、肝心のココアさんはというと、


「ハァアアアッ……。き、君ぃ、全くどこまで人がいいのよぉ~? お姉さん、君の将来が本気で心配になってきちゃったよぉ~?」



 その後、延々と世の中というものについてレクチャーされた挙句、帰る間際には、


「――いい、リックくん!? もし、万が一、彼らが何らかの接触を図ってきたとしてもその時は絶対に私に相談しに来てね? くれぐれも間違っても自分の判断だけで合意なんかしちゃ駄目だからねっ‼」


 まるで母親が幼い我が子に言って聞かせるように再三にわたって注意喚起をされた結果、今はこれといった冒険者依頼クエストもないとのことだったので僕はそのまま冒険者組合ギルドを後にした――。

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