お前らは何もわかっちゃいない

@aikonism

「狂ってる」


「狂ってる」「頭おかしい」「消えろ」「出ていけ」

それは私が母親に幾度となく言われた言葉。


学校のテストがうまく解けなくて、成績が落ちたとき、

あなたは私を罵った。

学年で一桁の順位をとっても頷かれるだけなんだから、

10番台で「すごくない」と言われることは驚くようなことではないはずだったのに。

私はしっかり傷ついていた。

そんなあなたの成績はいかほどだったのか、と口答えすれば手のひらが頬を掠めた。


私がピアノの練習を嫌がったとき、台所の包丁は凄まじい音をたててまな板に叩きつけられた。

綺麗な旋律よりも、その音のほうが印象的だなんて、あんまりじゃないか。

熱があるような具合の悪い日以外は、毎日練習していた。

母親は昔、音楽大学に行きたかったらしいと聞いたことがあるから、私に夢を託したような所はあるのだろう。

よく聞く話だ。


母はとにかく「変わった」ことを叱る人だった。

人と違うことはすべきでない、と。

それは正しいときもあるけれど、私は自分の「少し変わった部分」に気付いてしまったとき、完全に孤独だった。

ただ、私はどうにもバランス感覚が強くて、「普通の人」でいなければならない瞬間をわきまえていた。だから、家の外ではいつも「いい子」「えらい子」のレッテルを貼られていた。

親がそのレッテルに満足していることも知っていた。

だから、私は「いい子」としていることのメリットを学んだ。


「しっかりしていて」「いい家庭で育っていて」「教養がある子」は外で泣き喚いたりしない。

感情的に動かない。

わがままを言わない。

そうして私はますます信頼を得た。

それ自体は私にとっていいことだったから、大したことじゃなかったはずなんだけど。


夜中、ぬるい夜風の吹くベランダで、向かいのマンションに投げつけた、音の出ない、声にならない叫びを。

私の引き出しからでてくる、無残に折れた鉛筆のことを。

「消えろ」と言われた我が家で自己を形成した私のことを。

「狂った」頭の私がどうやって「いい子」として世の中を渡っているかを。



お前は何もわかっちゃいない。

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