二章『ちょろいぜ異世界』 2‐2
「ほ、ほほ、本当に脱ぐ……の?」
食事が終わり、風呂にも入った後。
辰己はリビングで改めてノエに服を脱ぐように促していた。
「うん。なにか違いがないか確かめたいからさ。明日からのために」
「違いとか、無いと思うけどなぁ……」
声を震えさせるノエ。とはいえ、辰己としては割と本気で必要な行為だった。
『データ収集』は何事においても基本だ。辰己のように、あまり頭がよろしくないならなおさらに。
基礎はおろそかに出来ないのである。
『人間』の基礎を理解しないまま、グディアント王へ切った啖呵を果たすことなど、絶対に出来はしない。
「写真でもいいんだけど、実物の方がいいと思うから……お願い! お姉ちゃん」
「む、むぅ……そういう言いかたをされると……はぁ。
わかりました。……その、本当はこういうことはいけないんですからね?」
「流石に俺もそのくらいはわかってるよ。
……ただ、必要なんだ。あの王様をあっと言わせるためには」
一瞬、辰己は目を細め、その視線の先に架空の敵を見据えた。
その様子を見て何を思ったのかは分からないが、ノエはどこか観念したような様子で、ゆっくりと自分の服に手をかける。風呂上りなので、ノエも昼間に来ていたアオザイ風の服ではなく、ゆったりとした貫頭衣風の寝間着を纏っていた。
「……下着は脱がないですからね……?」
もちろんと頷く辰己の目の前で、ノエは貫頭衣っぽい寝間着を脱ぐ。
そして、露わになる、均整のとれた肉体。
適度に筋肉がつき、されど女性らしい丸みはしっかりと。
青少年として、辰己もその美しい体を前に理性が一気に削り取られるのを感じたが――色々と、ぐっとこらえる。
「ノエって、運動とかは? 鍛えたりとかはしてる? スポーツを定期的にやってるとか」
「そういうのはないですよ……? まぁ、その、ちょっと体重が増えたら多少……っていうくらいです。それもたまにですけど」
「この世界の人たちって、太ったりしてる人、ほとんど見かけないよな。肥満、とかそういう言葉ってあるの?」
「肥満は、代謝異常の病気と言われていますね。普通に生きていれば、過剰に脂肪を溜めこむことはありませんから」
「……自律神経が体内の代謝とかを完全にコントロールしてるのか? 羨ましい」
この世界の『人間』がかなり長寿だというのを、事前の資料で辰己は理解していたが、実際に現地の人間から情報を得ると実感が湧いてきてなんとも言えない気持ちになる。
まさに別世界の生物構造だ。
非常に温厚な性質も、その辺りに起因しているのかもしれない。
そんなことを考えながら、辰己は座っていた椅子から立ち上がり、ノエの周囲を歩きはじめる。
ゆっくりと歩きながら、考えをまとめつつ、さらに質問を投げかけていく。
「欲求の確認。睡眠時間は?」
「七時間前後が平均です」
「そこは同じなんだ。昼寝は?」
「まぁ、たまに」
「ごはんは毎日食べる」
「当り前です、食べなきゃ動けませんから」
「新しい料理を開発する人とか居る?」
「もちろん、たくさん居ます。他の国からそういう噂が流れてくることもありますね」
食欲、睡眠欲はそれぞれ十分にある。
では、次。
辰己にとってはこれが一番大事なことだが――
「――この世界の人間って、性欲はある?」
流石にこの質問は恥ずかしいのか、それまで少しずつ下着姿に慣れてきた様子でいたノエも、一瞬口をつぐんだ。
それから今の自分の姿を思い出したように顔を真っ赤にし、ブラに包まれた胸を軽く抱き寄せるように腕で抑えながら、ゆっくりとした口調で応じる。
「……どの程度から、ある、と定義するかによると思います……それは」
「それはそっか。じゃあ、質問を変えて。この世界では男女ともに自慰行為というのは一般的に知られていること?」
「……自慰? えぇと……自分で……慰め……?」
「そうそう、自分で自分を気持ちよくするってことね。……伝わってる?」
もしや翻訳できないだろうかと心配した辰己だったが、どうにか伝わったらしい。顔をますます赤くしながら、ノエは首をぶんぶんと横に振る。
「そっ、そういうことは一般的ではないと思いますっ。というか、その、性行為が心地よいものだということは聞き及んでいますけど……そんなに気持ちいいことなんでしょうか?」
「あー……うん、うん、なるほど、そう言う認識なのね。というか実際そうなのかもなぁ……その感じだと」
困った、と辰己は頭を抱える。性欲に訴える方法と言うのは、他人の脚をひっぱる際に非常に重宝していたのだ。
だが、この世界の人間は、どうやら性欲が薄いらしい。
食事の件を聞く限り、そしてこの世界の文明度を見る限り、探究心などはちゃんとある――すべての欲求が薄いわけではない。
だが、もっとも根源的な欲求、『食欲・睡眠欲・性欲』の内性欲だけがパワーダウンしている。
「うーん……これはまずい」
性欲が人種的にパワーダウンしている原因は恐らく、生物としての完成度が高いからだろう。要するに数をむやみやたらと増やす必要が無いのだ。
「ちなみに……結婚した女性が生涯に出産する人数はどのくらい?」
「え? えぇっと……確か昨年発表されたこの国の平均出生率は2・21……だったような。学校の授業で子供は二人から三人もうけるのが国のためにも理想的と教えられていますから、基本的には一家庭二人ほどになると思います」
「基礎学習工程でしっかり合理的な出産人数を教え込んで、善良な人間性はそれを正確に実行する……なるほど、そりゃ性欲薄くても問題ないわけだ。しかしそうなると困るのは俺なわけだけど……」
ふーむ、と辰己はこめかみのあたりをぐりぐりと揉みながら、シミ一つないノエの体を眺めつつ考えをまとめる。
正直考えることが多すぎてノエの体に対して情欲を抱く余裕はないのだが、見入られているのが恥ずかしいのか、ノエは居心地が悪そうだった。
「こっちで商売するとして……アダルト関連のものが手薄そうだからそっち方面で……と思ったけど、存在しないには理由があるってことで……全面却下か。となると……」
――この世界の人間の興味がそそられるものとは、なんだろう。
この世界の『人間』の心を動かすのに必要なピースを、辰己は脳内でかき集める。
不出来な辰己でも簡単に用意でき、なおかつ取り扱いも可能なかぎり容易なものでなければならない。
この世界の人間に受け入れられるには、他人に迷惑をかけるものであってもならないだろう。
そして、善人という人種が『出来ない』部分に付け込むような。
そんなものがなにかないかと考えていたら――くらり、と辰己は自分の頭が揺れたのを感じた。
「お、お?」
視界が傾く。体が制御できない。
これはやばい、倒れる――と、思ったのだが。
「タツミくん!?」
倒れるより先に、ノエが辰己を受け止めてくれていた。
その、豊満なおっぱいの谷間で、顔面を受け止めるようにして。
顔にあたる、ふかふかですべすべで温かな感触。
流石にこれには辰己も動揺を隠せず顔が熱くなったものの、頭がくらくらしていてちゃんと立てる自信がなく、仕方なく辰己はノエの体に腕を回して、体勢を崩さないようにした。
「わ、悪い……考えすぎたみたいだ。どうも頭がポンコツで……いや、ポンコツなのは自分が一番よくわかってるんだけど」
「いいですから、喋らないでください。座りますか? それとも、しばらくこのまま?」
「あー……うん、なら、ちょっとこのまま」
正直、顔を埋めているおっぱいの感触をもう少し堪能していたい辰己だった。
こんな機会一生で何度もあるかわからないしと、たっぷりとその貴重な感触を堪能しておく。
そんな辰己の顔を、心配そうに覗き込んでいるノエ。
その瞳は、まるで、宝物を抱え込む子供のようで――
「……あ、そっか」
辰己は気づいた。
この世界で、辰己がすぐ用意でき、なおかつ『人間』を動かせるもの。
それは『自分自身』であるということに。
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