彼女の選択

「正直、働きづめのママは、見ていられなかった。世間に認めて欲しいって気持ちが強すぎて、ずっとピリピリしてて。小久保さんと出会って、やっとママが前に進める。ようやく、恋をする余裕ができたんだなって思えた」


 続いて、華撫は新しい父親の方へ、いや、深歌の愛した人へ向いた。


「あなたはママが好きになった人です。パパが死んで塞ぎ込んでいたママが、やっとあなたと出会えた。あなたに恋をした。あたしは、あなたにママの旦那さんになって欲しいの」




 小久保さんは真剣に、華撫の言葉に耳を傾ける。



「ママの、いいえ、園部深歌のことを、よろしくお願いします」

 華撫が腰を折った。


 小久保さんは「こちらこそ」と、小さく呟く。


 この家族の選択は、おそらく世間一般的には間違った回答だろう。


 だが、妥協して共に暮らすより、自由を求めて離れる方を選んだ。他人が口を挟む余地などない。

 

 人がどう思うかでなく、自分たちがどうありたいかを決めることは、きっと間違いではないはずだ。


「それにしても、あなた一人でどうやって生きていくつもり? 結局、一年は一緒に住むわけよね。気まずいわよ?」


「いいえ。ママ達と一緒には暮らさないわ」

 華撫は首を振る。


 冷や汗が、じっとりとオレの背中を湿らせた。嫌な予感しかしない。





「あたし、博巳と一緒になるから」





 華撫が、オレの腕に抱きついてきた。



「な……」

 深歌が絶句した。小久保さんも唖然としている。



「だって、その方が学校に近いもの」

「そんな。変な噂でも立ったら」

「別に立てばいいでしょ? どうせ、十六になったら博巳のお嫁さんなんだから」


 待て。論理が飛躍しすぎだ。


「博巳、どういうこと?」

 深歌がオレに顔を近づけて、問いかけてくる。


「こっちが聞きたいよ! 華撫、お前いったい」


「言ったとおりの意味よ。あたし、博巳と一緒に暮らす。中学を卒業したら結婚するんだから」


 はあ? オレの意見は無視かよ。


「待ちなさい、華撫。博巳と結婚するのは勝手よ。でも、将来どうするのよ? 結婚っていっても早すぎるわ」


「博巳のお嫁さんがいい。だって、やりたいこともないし。勉強なら、大人になってもできるから」


 言われてみれば、もう将来を見越して闇雲に何もかも詰め込んで学ぶ時代じゃない。学びたいことを自分で選んでも構わないのだ。


 だったら、余計に今のうちは勉強した方がいいのでは、とオレなんかは考えてしまう。



「相手が博巳なのはいいの。早すぎるって言っているのよ。いくら私と小久保さんを二人きりにしたいからって、そんな形で家を出なくても」



「二〇二二年になったら、法律が変わる可能性があるんでしょ? 十六歳で結婚できなくなるっていうし。そうなる前に十六歳を迎えて、すぐにでも一緒になりたいの。博巳と」





 おかしい。話が妙な方向に進んでいる。





「おい、二人とも、ちょっと待ってくれ」

「何よ、博巳?」


 なにがおかしいのか、といった様子で、深歌が聞き返す。



「なんで、オレと華撫が一緒になるのは、反対しないんだ?」



「はあ? 異議を唱える理由なんてある?」

 あっさりした口調で、深歌が答えた。



「あるだろ! 下手すりゃ犯罪だぞ!」

「まだ、手を出してないでしょ?」

「当たり前だ!」


 モラル以前の問題だ。


「でしょ? 私は、中学だと早いんじゃない? って思っているだけ。せめて義務教育だけは受けてね、と釘を刺しているの。博巳と華撫が付き合うことは、一切反対しないわ」



「なんでだ?」



「だって、あなたみたいなチャランポランな人、華撫くらいしか相手をしてくれないわよ」


 言質を取り、華撫は勝ち誇ったような顔で、尚もオレにしがみつく。


「徳田さん。華撫ちゃんをよろしくお願いします」


 小久保さん、あんたもかい。


「それにね、華撫がこんなに誰かに懐くなんて、あなたくらいなのよ」


「そんなもんか?」


 買いかぶりすぎのような気がするが。


「そうよ。華撫ってば、家政婦さんとも揉めて、私の友達にも近づこうとしなかった。小久保さんに至っては、真っ向から全否定した。なのに、あなたには心を開いたわ。それはきっとすごいことなのよ。だから、あなたになら任せられる」


 まずい。絶対の信頼を寄せられている。


「将来的に、華撫を幸せにできる人なんて、あなた以外現れないわ」


 オレが戸惑っていると、華撫は顔を上げた。

 オレの目をジッと見つめている。

「嫌だって言っても、毎日通うからね」


 どうも、諦めるつもりはないらしい。


「オレ、来年四〇だぞ。いいのか?」



 絶対話が合わなくなってくるはずだ。



「ミック・ジャガーは奥さんと四十歳以上も離れてるのよ。三十歳差くらいなによ」



 あんな天才と一緒にしないでくれ。



「ちょうどいいじゃない。あたしの精神年齢は老けてる、ってあんたが言ったのよ」


 確かに言ったっけ。


「あんたの性格も子どもみたいだし」


「うっせ」


 オレたちのやりとりを見て、深歌が微笑む。


「本当にお似合いね。早く二人が初めての共同作業をする姿を見たいわ」


 深歌が言うと、華撫はイタズラっぽく笑った。





「それはもう済ませたわ」





「なんですって?」




 深歌に凝視される。


 華撫は、オレに視線を送って、口に指を添えた。

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