友の抱えていた闇

「気に入らない点でも、ありましたか?」


 五〇年以上、特撮界にいた重鎮だ。畑違いで戸惑っているのか?


「どれもいいんだけどね、一曲どうしてもイメージと合わないんだよ」

 白くなった髪を撫でながら、大友先生はタバコをくゆらせた。



 嘘だ。健は癖は強いが、天才のはずである。大友先生の手を煩わせるなんて。



「ゲームのイメージにマッチしないどころか、何か無理してる感じでね。苦しいんだよ。これは、高林健の曲とは呼べない」


 大友先生は、オレに楽譜を渡した。健を馬鹿にしているわけではない。本当に困っているのだ。


 楽譜のメロディを脳内で再生しながら、オレは、載っている歌詞に目を通す。



 吐き気がした。



「なんすか、これ」



 確かにダメだ。


 オッサンがスモックを着ているイメージしか湧かない。


 大人の嘘と虚言と儚い夢を、コンクリートミキサーにかけてブチ撒けたような。

 歌詞が幼稚すぎて、健のロックが死んでいる。


 彼がこんな無茶な歌詞を書くとは。

 健にも苦手なジャンルがあったなんて。


「実はボクね、生前、彼に相談を持ちかけられんだよ。自分も、トクセンくんのようになれますかね、って」


「健が、ですか?」


 当時のオレは、大友先生からアドバイスを受けて、特撮の世界に入った。おかげで、音楽を嫌わずに済んでいる。


「どうやらさぁ、キミを意識してたっぽいんだよね。今のトクセン君は生き生きているなぁって、ファンにも愛されていてさ、うらやましがっていたみたいだよ」


 健が、うらやましがっていたって? オレを?


「キミはもう十分じゃん、自分の生きたいように生きなよ、って、ボクね、返しちゃったんだよ。気にもとめずにさ。けどね、この楽譜に載った歌詞を見てると、ちゃんと悩みを聞いてあげればよかったなぁ、って思うよ。本当に後悔している」


 オタク特有の早口で、大友先生はまくし立てた。時々感情を込めすぎて、舌が追いつかなくなりながら。


 オレが先生でも、同じリアクションをしただろう。


 健でも、苦悩する場面はあったんだ。オレと同じように。救いを求めて、あがいて、暗い海の中をさまよっていた。


「彼もさ、人間だったんだね。それなのに、ボク達が勝手に神格化してさ。カリスマにしちゃったんだ。ボクらの無責任な思い込みが、彼をひとりぼっちにさせちゃったんだね」


 しみじみと、大友さんは語る。


 オレは浮上できたが、健は取り残されてしまった。


「トクセンくん、この歌さ、再生できると思う?」

「ぶっちゃけ歌詞です。歌詞さえ変えれば、なんとか」



 だが、何も思いつかない。

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