思わぬ繋がり
「どっちに似てる、娘ってさ?」
「顔は深歌。性格は健だな」
「うわぁ。可愛げがなさそうだなぁ」
笑いながら、稲垣がのけぞった。
「だろ?」と、オレも合わせる。
「で、その娘がお前に何の用事があったんだ?」
「あいつな、深歌の再婚相手に会いたくないそうだ」
「
会話に、稲垣の奥さんが割り込んできた。
「え、知ってるんですか?」
オレが尋ねると、奥さんがスマホの画面を見せる。
「ウチな、深歌ちゃんとママ友やねんよ。今でもベース仲間で、ちょくちょく会うててん。言うても深歌ちゃん、最近サークルの方はご無沙汰やけど」
確か、オレ達と奥さんのバンドは、学生時代の対バンで知り合った。なので奥さんも、深歌とも面識がある。
小久保さんは、ヴァイオリンの弦を扱う会社の営業らしい。稲垣の奥さんも通う楽器店に、商品を卸しているそうだ。小久保さん自身、楽器はまったく弾けないのだとか。
「前からウチ、深歌ちゃんから音楽のアドバイス受けててん。ほんで、深歌ちゃんの方が再婚の話とか始めて、今度はウチが相談に乗ってたんよ」
思わぬ繋がりだ。
「健ちゃんのコト、ずっと引きずってたみたいやわ。せやけどな、健ちゃんの分まで楽しく生きることも、健ちゃんは望んでるんちゃう? って話してん。無責任やったやろか?」
「いえ、的確です。深歌のやつも、相談して良かったって言いますよ」
「ありがとうな、オーナーさん。せやっ、スジ炊いてんけど食べる?」
牛スジを煮込む音が、オレの耳を刺激した。
ううむ、下戸すら狂わせるリズムと芳しさよ。
「いえ、人を待たせているので」
オレはコーチジャケットを小脇に抱え、席を立つ。
「そうなん? 女の子?」
鋭い。さすが女の勘、というべきか。
「ま、まあ、そんなところです」
嘘は言っていない。
だが、深歌の娘を匿ってる、なんて言えなかった。
「なんだよ。独身貴族を貫くんじゃなかったのか?」
「色々あるんだよ」
奥さんが、八重歯を見せる。「相談やったら乗るで」
「ありがとうございます。じゃあ、これで」
「待ちや。はいこれ。帰って炊き直すかチンしてや」
帰り際、奥さんがオレにビニール袋を持たせてくれた。
中身は、プラスチック容器に入った牛スジの煮込みである。
「なんでぇ、亭主持ちがヤキモチかよ?」
頬杖を突いて、稲垣がぼやいた。
「単に、日頃の感謝を込めただけですー」
稲垣に言い聞かせるように、奥さんはわざとゆったりした口調で告げた。オレに向き直る。
「ほなな、オーナーさん。容器は返さんでええさかい」
「ご馳走になります。では」
これ以上ボロは出せない。
オレはいそいそと、店を出た。アパートへ猛ダッシュする。
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