お遊戯

緑夏 創

お遊戯


物語にはどんな形であっても作者の人生が描かれる、そう僕は考えています。

故に僕は物語を紡ぎます。満たされた人生を生きているからこそ、物語を紡ぎます。僕の幸福な人生に泥を塗りたいがために、物語を紡ぎます。

己のために、物語を紡ぎます。

そうしないと家族のことを、大好きな人達のことを、人間だということを、ましてや呼吸の仕方まで忘れてしまいそうな、そんな不安にかられるのです。

それほどまでに僕は幸福なのでしょうか。


「この世に苦などあるというのか」


そんな思想が僕の内に存在します。

ただ一つ、強いてあげるならば、


「生きる意味も、死ぬ理由も無いこの生に何を見出だせばいいのか」


こんなところでしょうか。

僕はきっと幸福に飽いてしまったのでしょう。かといってこの身を痛苦の不幸に飛び込ませれるような勇気等、僕にはありません。

物語を紡ぐぐらいしか思いつかないので、今日も僕は物語を吐き出します。

意味の無い不快な物語を吐き出します。

それがいつしか「呪い」となって誰かを蝕み、僕に断罪の刃が向けられる日が来るのを心待ちにして、僕は今日も物語を紡いでいきます。紡いでいくのです。



どんな色にも幸せがある。

皆さんが思い浮かべる幸せの色はどんな色でしょうか。世間一般の感性に則るとすれば、黄色、でしょうか。それとも、虹色だったりするのでしょうか。

繰り返しますが、どんな色にも幸せがある。そう僕は思うのです。

例えば何色も寄せ付けない黒色にだって。心臓からあふれでる血の色にだって。

貴方の幸せは何色でしょうか。

大丈夫、貴方の幸せが何色だろうと、それを誇って、愛せばいい。

呪ってもいい。



 僕の話をいくつかさせてください。

 まず一つ。

よく目が死んでいると言われるのです。僕は至って元気です。目を見開いて、爛々と目を輝かせているつもりです。

ですけども。

家族におはようと言います。学校に通います。友達に手を振ります。先生に頭を下げます。家族にただいまと言います。鏡の中の自分におやすみと言います。

誰も彼もに、「目が死んでいるぞ」と笑われます。「死んでないよ」と心の中で言い返す僕自身、鏡を見ると「死んでるなあ」と笑ってしまいます。

幸せなのに目が死んでるって、なかなかどうして矛盾してるなと、なかなか面白くて笑ってしまいます。

そしてその笑った顔も死んでいる自分にはすこし、恐怖にも似た感情を覚えてしまうのです。






「好きと愛って何が違うと思う?」


「......僕は一緒の意味だと思う」


「バッカねぇー!」


そう笑って彼女はくるっと一回転して、そして駆け出す。跳ねる白髪が花吹雪のようだ。僕は彼女の背を追う。


「いい?××××。好きはただ好きなだけよ。例えるなら一方通行の直線かしら。そして、その直線の先には相手の心。突き進めば当然ぶち当たるわ。そんなの、正直迷惑なだけと思わない?」


「......ぅ」


小さな呻き声が僕の色の悪い唇から漏れました。心がズキッとしました。彼女には聞こえていなかったようで、幸いでした。


「それに比べて愛はね、一緒に寄り合っていくものなのよ。そうね、例えるなら磁石かしら。まぁ、その磁力はとても弱かったりするけど、お互いに引き付けあって、時には反発しあったりして、それでも寄り合おうと、一つになろうと努力するの。それが愛の形だと私は思うの」


はにかんで彼女はくるくると楽しそうに回ったりしながら走る。僕は彼女のそのか細い背中を追いかけた。白い髪が揺れている。その背中に手を伸ばした。その手は彼女の背中を透けて突き抜けてしまった。


夢はそこで覚めた。

目をこすって体を起こす。少し心がキュッとします。

たまに彼女の夢を見る。

たまに彼女を思い出す。

その時いつも、少しだけ心がキュッとします。そして、


「次はちゃんと愛せますように」


そんなことを神様に祈るのです。

彼女のことを思い出すたび、祈るのです。ただ、祈るのです。






少年は十字架に祈ります。

もう一度、会えないあの人に会えますようにと。

少年は祈ります。

十字架を握る手の隙間から血が流れ出てくるほど、少年は祈ります。

叶わないならいっそ、十字架で僕を貫いてくれ。

少年は祈ります。ただ、祈るのです。







僕は死んでみたい。

僕は死は終わりでは無いと思っています。きっと、死後の世界はあって、僕らは死後、そこへ行くんだと。

そしてそこには、生きている時にはもう会えなくなってしまった人も。

それに死ぬと人間が生きている限り必ずつきまとってくる三大欲求から解放される訳じゃないですか。

ということは純度百パーセントの愛を懐けるのではないかなと僕は思っています。

......絵空事でしょうか。でも、そう思わないと救いがないじゃないですか。

『死』は救済というのでしょう?

そう思わないと、僕達には何一つ救いがないじゃないですか。

ただ暗黒に行き着くために生きるなんて、そんなのあんまりじゃないですか。

そう、思うのです。ただ、思うのです。






目を瞑って、

目を開けて、

息を吸って、

起き上がって、

祈りを捧げて、

飯を食べて、

目を瞑って、

目を開けて、

息を吸って、

涙を流して、

呪いを吐いて、

起き上がって、

祈りを捧げて、

飯を食べて、

目を瞑って、

目を開ける。

そんなことを惰性に続けていると、いつしか一秒一分一日後の未来にも既視感を覚えてしまうようになりました。

家族が居ます、大好きな友達が居ます、快適な寝床があります、飯を食べれます、すがるものがあります。

不足なんてありません。

僕は幸福です。なのにどうして、少し心がズキッと痛む時があるのだろう。考えても辛いだけなので、「僕はきっと幸福だ」そう思い込むことにします。ただ思い込むのです、心に擦り付けるように。







「もう充分でしょ?」


もう会えないあの人の声が頭上から降ってくる。手が震える。僕は顔を上げることができない。顔をあげてしまうと、会えないあの人が目の前に居るような気がして。やっぱり居ないような気もして。


「立ってよ。顔をあげてよ。いつまでそこでへたりこんでいるつもり?」


僕は全てをはね除けるように耳を塞ぐ。何もかもが、一つとして己を侵さないよう、力を込めて。

だが、それでもあの人の声は関係なしに僕の脳内に響いた。


「ねぇ、はやく。立ち上がって、あなたはそ「うるさい!」


あの人の声を遮るため僕は叫ぶ。


「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、だまれだまれだまれだまれだまれ!」


僕の醜い怒声が自分の脳内いっぱいに響き渡る中、それをすり抜けるかのようにあの人の声が鮮明に凛と、また死体のように冷たく響いた。


「誰かを愛すこともできないまま死んでいくのね」


それを最後にあの人の声は聞こえなくなった。

気付くと伏せた目の前の乳白色の床に黒く丸い染みがいくつもできていた。

顔の輪郭に気持ち悪い汗が伝い、僕は首にかけた十字架をいつの間にか握り締めていた。その手からは穢れた赤黒い血が流れていた。






嗚呼、こんな僕をどうか許してくれ。

不快な物語を吐くことしかできない僕を、あなたが死んでさえ誰かを愛すこともできない僕を、人の良心を貪って幸福に生きる僕を、どうか許してください。

嗚呼、偉大なる主よ、この通りです。どうか、どうか。








『少年よ、貴方は健気に祈ってきました。祈って頼って、それだけを積み重ねてきました。

愛する人がいなくなり、愛する人が遺した言葉でさえ貴方は変われなかった。それでも健気に祈って、頼ってきました。それはもう賞賛に値するでしょう。

そんな素晴らしい貴方に一言、




死ね。







愚盲な祈りが神を殺すのだ』





「嗚呼、」










年月が経って少年は少し成長しました。

そして外見も少し変わったようです。

全身至るところに大小の傷と汚れをつくって、左手には茶けた包帯を巻き、右目には眼帯をつけ、髪は病気の野良犬の毛並みみたいに、その唇は紫に染まって、それはまるで神に見放された人間と称すべき姿です。

少年は少し成長しました。それは肉体的にだけということではありません。

少年は外の世界を見れるようになりました。神に祈り、頼って、妄言を吐き、そして眠るだけのあの頃の少年はもうどこにもいません。


「へっ......へへっ......あはは......」


それに少年は一人でに笑えるようになりました。大きな成長です。

少年はいつしか祈ることをやめました。頼ることをやめました。夢を見なくなりました。家族を捨てました。大好きな友達と縁をきりました。涙を流さなくなりました。

十字架なんてどぶ川に捨ててしまいました。

以前の少年と何ら変わらないことはというと、飯を食べること、息を吸うこと、目を瞑ってそして開けること。それぐらいです。

今の少年を突き動かすものは、食欲と、睡眠欲と、性欲。その三つだけでした。

あぁ、あと一つあるようです。

今でも、たまに、本当にたまに、死んでしまった『あの人』を思い出すようです。

少年は片っ端から、たまに思い出す『あの人』に似た雰囲気の女性に話しかけます。


「×××?」


今日も少年は『あの人』の影を、匂いを、声を、探しています。

何度喚かれようと、泣かれようと、嗤われようと、少年は諦めません。

何度、怒鳴られようと、殴られようと、牢にぶちこまれようと、少年は屈しません。

少年は晴れて、己自身が『呪い』そのものとなったのです。

そんな少年は今日も『あの人』の姿を追います。

否、『あの人』のかわりを探して、人混みに紛れていきます。

『呪い』の臭気をばらまいていきます。

そしてそんなことを二十年くらい続けて漸く、少年だった男は病気で死にました。

足の指が何本も黒く壊死し、左手を失い、口は裂け、歯は抜け落ち、顔の半分の皮膚がぐちゃぐちゃになって喋れなくなっても、それでも男は街をさ迷い続けました。

そんな姿にだけは我らも彼に、失笑まじりの敬意を。








僕は最期の瞬間まで幸せだった。


「誰かを愛すこともできないまま死んでいくのね」


君のその言葉通り、僕は死ねたのだから。

死はやはり救済である。

僕の死を以てそれを、ここに証明する。



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お遊戯 緑夏 創 @Rokka_hajime

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