近衛隊長アーダルベルト
え、何? 何!?
「ど、どうして解ったのですか?」
「や、緊急事態でもないと見ず知らずの人間に助けを求めないと思いまして」
「まあ、その通りですわ。白夜様は素晴らしいご慧眼をお持ちですのね」
「は、はは」
マジかよ! 当たりかよ!!
そんな異世界王道まっしぐらな展開ありなのかよ!?
え、じゃあなに? 俺これから戦わされるの?
「ち、ちょっと待て、待ってください! 私は全然強くなんかないんです。身体も大して鍛えてないし、武道だって学生の頃体育で剣道と柔道をやってたくらいで。そんな、この国を背負って立つなんて無理ですよ!」
もうお姫様を相手にしているとかの余裕はない。
身振り手振りを交え、髪をかき乱しながら自分の無力さを訴えた。
だけど、誰だって嫌だろう。
なんで俺が!? ってなるはずだ。
「その点でしたら心配いりません。“勇者”には特別な力が宿ると伝えられています。例え白夜様に戦士としての心得がなくとも、十二分に戦えるはずですわ」
「そんな馬鹿な!」
くそ。またも異世界王道のお約束か。
嫌だなぁ、なんの努力もしてない奴が異世界に来て急に強くなるなんてさ。
それっていわゆるチート、反則ってことだろう。
皆努力して強くなっているっていうのに、自分だけがそんな奴らを嘲笑うようにチートな力で強くなる。
俺自身そんな設定好きになれない。
それに自分が強くなった感じがしない。
異世界物だと、異世界に来ると身体が変わっているなんてよくある展開だが、そういったこともなさそうだ。
鏡はないが、身体の異常は特にない。
タキシードもそのままだ。
「そ、そんなこと言っても、そんな強くなった実感ないんですが」
改めて身体を捻って自分の姿を確認してみる。
タキシード越しだけど、特に筋肉が盛り上がっているとか、“気”が噴出するとかはない。
だというのに、エリーザはまるで疑っていない様だ。
「信じられないのも無理はありませんわ。では、アーダルベルト。こちらへ」
エリーザはフッと視線を一人の兵士に向けた。
「は!!」
ドシンという音が鳴りだしそうな重厚感と共に、身長190cmはあるだろう屈長の大男がエリーゼの前に膝を着く。
「立ちなさいアーダルベルト」
「は!」
ぬぅっと立ち上がったアーダルベルトと呼ばれる男と150cm程のエリーザが並ぶとその身長差が際立つ。その巨神兵さながらの姿に、身震いを起こしそうだ。
「このアーダルベルトは我が国最強の近衛隊長です。どうか、彼と戦ってください」
「はぁ!?」
大声で素っ頓狂な悲鳴を上げた。
俺も176cmとそれなりの身長ではあるが、相手は身長だけでなく、筋肉隆々の大男だ。隊長なんだから剣の腕前も宮本武蔵くらい? 解らんけど。相当強いに違いない。
とにかく俺が敵う相手じゃない。
「かかか、勘弁してください。無理です嫌です死にます!!」
慌てふためき頭を下げる俺に、アーダルベルトも周りの兵士からも失笑が漏れる。
俺は極度の緊張で赤面したまま冷や汗が止まらずにいた。
何で、何でこんな思いをしなくちゃいけないんだ。本当なら今頃披露宴会場に移動してるはずなのに。
エリーザはどこまで俺の心情を理解しているかは解らないが、酷く辛そうな顔で俺に近づくと目の前で手を組んだ。
「白夜様。本当に申し訳なく思っております。ですが、貴方にも、この場にいる者達にも、貴方の力を示さねばなりません。どうか、わたくしを信じてください」
ぐぅっと顔が引きつる。
憐れんでくれている訳じゃないみたいだけど、それでも戦わせる気は満々の様子だ。
「む、無理だ。あんな大男と戦うなんて、どうやっても勝てる訳がない」
「・・・白夜様」
悲しそうな顔をするエリーザに俺は罪悪感を覚える。
なんとかしてやりたいとは思う。
でも、俺はなんの力もない一般人なんだ。
「姫様。どうやら勇者殿は戦いには向かない性格のご様子。これ以上は酷ではありませんかな?」
半分嘲り、半分憐れみの表情でアーダルベルトは進言する。
情けない事に俺は彼の言葉を聞いて安心した。
両者共に戦う意思がないのなら戦わなくても済むかもしれない。
もしかしたらこのまま期待外れとして帰してもらえるかもと思った。
だが、ここで初めてエリーザが眉間に皺を寄せ、不満を表情に出した。
「アーダルベルト。伝説を綴るエメラルドの書の一節を貴方にも伝えた筈です。『“勇者”はあらゆる災いから世界を護る救世主である』と。それを信じられませんか?」
「し、失礼いたしました!」
「謝る相手が違います」
「は! 白夜殿、大変に申し訳ない」
「え!? いやとんでもないですよ」
い、意外だった。
頑固だと思ったけど、やっぱりキメる所はキメるんだなエリーザ姫。
「・・・ですが、戦いの心得のない白夜様にアーダルベルトと急に戦えというのはわたくしの配慮が足りませんでした。二人に謝罪します」
「「滅相もありません!」」
お姫様に頭を下げられるとこっちが困る。
だけど、これで戦う流れは変えられたみたいだ。
「ではこうしましょう。白夜様はアーダルベルトを鎧越しに殴ってもらいます」
はいぃーーーーーーー!?
何言ってくれんのこの娘。
バカなんじゃねーの。
俺は如何にも硬そうなアーダルベルトが装備している鎧を見ながら震えた。
あんなのを殴った日にはこっちの手が折れるっての。
「・・・出来れば手を傷めない方法を取ってほしいのですが」
「間違いなく問題はないとは思うのですが、そう、ですわね。でしたら掌で押すというのはどうでしょうか?」
「まあ、それなら」
どうあっても俺に荒事をさせたいらしい。
まあ、押すだけなら痛くもないし、これで駄目なら諦めてくれるだろう。
俺は恐る恐るアーダルベルトに近づいた。
先程の事もあってか、アーダルベルトは俺に不愉快な視線を向けることもなく、仁王立ちする。
はぁ、なんだか申し訳なくなってくるよ。
俺は掌を鎧に当てて一応アーダルベルトに断りを入れた。
「じゃあ、押しますよ?」
「は! いつでもどうぞ」
なんだこの茶番。
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